映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「海よりもまだ深く」

「海よりもまだ深く」
@ユナイテッド・シネマとしまえんにて。5月25日(水)午後1時30分より鑑賞。

ダメ男の映画に惹かれるようになったのはいつからだろうか。明確に意識するようになったのは、韓国のポン・ジュノ監督の一連の映画かもしれない。『ほえる犬は噛まない』『殺人の追憶』『グエムル 漢江の怪物』……。いずれもダメ人間たちが躍動する映画だった。

グエムル 漢江の怪物』については、あれを怪獣映画だととらえて、「日本の怪獣映画に比べてレベルが低い」などとほざいていた連中がたくさんいたが、オレから言わせればあの作品も完全にダメ男の映画だ。一家の長男のダメ男(ソン・ガンホ)が、長女(ペ・ドゥナ)たちとともに怪物に挑むという、ダメ男による乾坤一擲の映画だったのだ。

一方、日本でいえばやはり山下敦弘監督の映画だろう。『バカの箱舟』『リアリズムの宿』『松ヶ根乱射事件』『もらとりあむタマ子』……。いずれも愛すべきダメ男(女)が登場する。オレはすっかり魅了されてしまった。特に前田敦子主演の『もらとりあむタマ子』は、あの年の日本映画ナンバー1に挙げたぐらいだ。

そして、ここにまた素晴らしいダメ男映画が誕生した。是枝裕和監督の『海よりもまだ深く』である。

ドラマの主な舞台は団地。冒頭で描かれるのは、団地で一人暮らしする母・淑子(樹木希林)と娘の千奈津(小林聡美)の会話。そこから、少しずつ千奈津の弟・良多(阿部寛)の存在が見えてくる。

その良多ときたら、15年前に文学賞を受賞したもののその後は鳴かず飛ばず。今は生活のために探偵事務所で働くが、周囲には「小説のための取材」と言い訳している。そして文学の夢が諦められない……。て、オレのことかい!!!

いやぁ~、ホントにオレそっくりなんだもん。コイツ。感情移入しちゃうよなぁ。オレは探偵事務所には勤めてないけど。

しかし、まあ、コイツのダメさはオレなんかの比じゃない。何しろ淑子の家に来て、金目のものはないかと家探しするのだ。この親不孝者めが! しかも、探偵事務所の仕事では、せこく調査費をごまかして、それを競輪につぎ込む始末。

いやいやまだある。良多には離婚した妻・響子(真木よう子)との間に一人息子・真吾がいるのだが、その養育費もまともに払えない。しかも、元妻に未練たらたらで、「張り込み」の結果、彼女に新しい恋人がいることを知りショックを受けるのだ。世の中にダメ人間はたくさんいるが、ここまでダメなのも珍しいぜ。まったく。

そんなダメ人間の日常が描かれるこのドラマ。たいしたことは起きない。それでも、最後まで全く目が離せない。その理由は会話の妙にある。良多と母、姉、元妻、息子などとの会話が、実に面白い。まるで漫才のようなユーモラスな会話にクスクス笑ってしまうのだが、同時にそこには含蓄のある言葉がたくさん詰まっている。特に淑子のセリフに注目!!

たとえば、団地のベランダにある昔良多が植えたミカンの木を見て、「花も実もつかないけど、あんただと思って毎日水やってんのよ」「青虫が葉っぱ食べて育つのよ、何かの役には立ってんのよ」と淑子。

あるいは台風の夜に、テレサ・テンの歌う「別れの予感」をバックに、「海より深く人を好きになったことなんてないから、生きていけるのよ」「幸せになるには何かをあきらめなければいけないのね」。その後で「私、良いこと言ったわね。小説に書いてもいいわよ。メモしときなさい」と良多に命じて笑いを誘う淑子。

もぅ~、こういう会話を聞いているだけで、全然飽きないんだよなぁ。この会話を聞いた観客は、自分の人生とリンクさせて、いろんなことを感じるのではなかろうか。是枝監督の映画らしく、明確なメッセージがあるわけではないが、ダメ人間を温かく見つめ、人生を肯定する視点には揺るぎがない。それもまた心地よい。

映画の終盤では、ひょんなことから淑子の家に集まった良多と響子と真悟が、台風で帰れなくなり、ひと晩を共に過ごすハメになる。元家族はそれぞれを見つめ直すのだが、もちろん安直に元の鞘に収まるようなことはない。それでも、良多の亡き父親との絆をちらりと見せて、さりげなく前向きなエンディングを生み出すサジ加減が見事である。

前作『海街diary』は、隅々まで計算しつくされた素晴らしい映画だったが、今回は良い意味でゆるい感じがする。といっても手を抜いているわけではなく、脚本といい演出といい緻密に計算された作品。それを観客に意識させないところに、円熟の境地さえ感じてしまう。主役級だけでなく脇役も含めて、キャストもすべて存在感がある(中村ゆりとか古館寛治とか)。

何にしても、今の日本映画の最高峰にランクされる映画なのは間違いない。欠点がないのが欠点……というのは、最近の是枝監督の作品に共通しているが、そのぐらいよくできた映画である。

今日の教訓。オレがダメ男映画が好きなのは、やっぱり自分もダメ男だからだろう。ダメ男万歳!!!

●今日の映画代1500円(ユナイテッド・シネマの会員料金。レディースデーだったから女装しようかと思ったが、さすがにそれは無理だろう)