映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「角川映画祭」その5~「野獣死すべし」

角川映画祭」その5~「野獣死すべし」
2016年8月19日(金)角川シネマ新宿にて。午後5時より鑑賞。

今さらオレが言うまでもないが、松田優作は尋常でない役者だ。その尋常でなさがいかんなく発揮されているのが、1980年の角川映画「野獣死すべし」である。かつてオレはこの作品を劇場で観て、それから数日間、松田優作になり切って映画のまんまの表情やしぐさで過ごすという、今から考えれば穴があったら入りたい行動をとったことがある。それぐらいスゴイ衝撃だったのだ。

ストーリーはこうだ。東京都内で警視庁の岡田警部補が刺殺され、拳銃を奪われる。その直後、その拳銃を使用した違法カジノ強盗殺人事件が発生する。犯人は元通信社外信部記者で現在は翻訳家の伊達邦彦(松田優作)。次の標的を銀行に定めた伊達は、共犯者として真田(鹿賀丈史)を引き込む。そんな中、岡田警部補の刑事・柏木(室田日出男)は伊達を怪しいとにらみ、彼につきまとう。やがて伊達と真田は銀行襲撃を決行するが、伊達に思いを寄せる華田令子(小林麻美)が客として偶然居合わせる。地下金庫から大金を収奪した伊達は令子に引き金を引く……。

今回あらためて観て、松田優作の演技にまたまたKOされてしまった。なんでも当時10キロも瘦せて撮影に入ったらしいが、役になり切るとかいう次元を超えた鬼気迫る演技だ。主人公の伊達は戦場での過酷な体験によって心が壊れている。だが、同時にふだんはクラシック音楽を趣味とし、頭脳明晰で冷静な男である。その静かなる狂気を繊細な演技で表現する。表情、視線、姿勢すべてを駆使して、彼の心の闇を見せていくのだ。

何とも狂気の振れ幅の大きい演技である。例えば、令子という美しいOLに心惹かれ、控えめながらやさしを見せる。それでも犯行現場で毅然と彼女を殺害してしまう。おまけに、相棒に引き込んだ真田に「動く標的」として恋人の殺害を強要する(ここで根岸季江がフラメンコを踊るシーンが絶品!)。そして、それを成し遂げた真田に「君は今確実に、神さえも超越するほどに美しい」と称える……。

ハイライトは強盗後の列車内での、伊達と柏木刑事との対決シーンだ。柏木は伊達に拳銃を向け尋問をする。ところが……。思い出すだけでゾクゾクするシーンである。伊達の狂気がリップ・ヴァン・ウィンクルの逸話とともにジワジワと広がる。

その後、伊達はかつての戦場での体験を覚醒させ、何かにとりつかれたかのように行動する。そのシーンで、オレは舞台劇、それも一人芝居を思い浮かべてしまった。そういえば松田優作はもとは劇団にいたんだったけ。

ラストシーンの伊達も優雅で美しい。劇場(たぶん日比谷公会堂)の誰もいない客席で、手を差し上げ声を出す。あれは自分の存在確認だったのだろうか。そして、そこを出た後に待ち受ける衝撃の出来事。ある人物の出現。それは現実か、幻か、夢か。仙元誠三による刺激的な映像もあって、いつまでも余韻の残る意味深なラストシーンである。

いやぁ~、ホントに松田優作はスゴイ。こういう役者はもう二度と現れないだろう。というわけで、松田優作のことばかり語ってしまったが、真田役の鹿賀丈史の無軌道ぶり、柏木刑事役の室田日出男の存在感なども光る作品だ。そして、オレ的には令子役の小林麻美の可憐さがたまらない。オレの永遠のマドンナの1人だな。

ハードで熱く、同時に静かでスタイリッシュな映画である。こういう映画はもう出ないかもしれない。村川透監督と松田優作コンビの作品はいくつもあるが、オレの中では本作が最高傑作。誰が観ても印象に残ること間違いなし!