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映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「アスファルト」

アスファルト
シネ・リーブル池袋にて。2016年9月4日(日)午後2時30分より鑑賞。

オレは住んだ経験がないのでイマイチよくわからないのだが、洋の東西を問わず団地には不思議な魅力があるらしい。最近の日本映画では是枝裕和監督の「海よりもまだ深く」、阪本順治監督の「団地」などが団地を舞台にした映画だった。そしてフランス映画にも団地を舞台にした映画が登場した。「アスファルト」(2015年 フランス)。監督・脚本はサミュエル・ベンシェトリ。

郊外にある寂れた団地を舞台にした群像劇だ。オープニングで、その団地が映し出されるのだが、何とも無機質で寒々としている。内部も落書きだらけで完璧なおんぼろ団地である。

それに続いて登場するのは住人たちによる話し合いのシーン。エレベーターが故障ばかりしているというので、各自が費用を負担して修理する相談をしている。ところが、2階に住むスタンコヴィッチ(ギュスタヴ・ケルヴェン)というオッサンが「金は払わない」と宣言。金を出さない代わりにエレベーターを使用しないことで決着する。

ところがその直後、彼は足をケガして車椅子生活になってしまう。そのためエレベーターを使わなければ外出できない。しかし、「使わない」と言った手前、人に見られるのはまずい。そう考えたオッサンは、誰にも見つからないように深夜に外出して、病院の自動販売機でお菓子を買う。すると、休憩中の夜勤の看護師(ヴァレリア・ブルーニ・テデスキ)と出会い、恋をしてしまう。その時に、「自分は写真家で世界中を旅している」などと出まかせを言ってしまうのだった。

一方、母親がいつも留守にしている10代の少年シャルリ(ジュール・ベンシェトリ)は、そばの部屋に引っ越してきた落ち目の女優ジャンヌ(イザベル・ユペール)と話すようになる。

同じ頃、団地の屋上に不時着したNASAの宇宙飛行士ジョン・マッケンジー(マイケル・ピット)は、迎えが来るまでの間、最上階に住むアルジェリア系移民のマダム・ハミダ(タサディット・マンディ)にかくまってもらうことになる。

というわけで、孤独な6人による3つの交流劇が描かれる。彼らはそれぞれに事情を抱えている。女優のジャンヌは愛する人と別れたらしい。アルジェリア移民のマダム・ハミダは息子が刑務所に入っている。クドクドとした説明はないが、それ以外の人々もどうやらワケありらしい感じだ。そういう人たちが、言葉や年齢、それぞれの事情を超えて、心を通わせていく。

面白いのは、荒唐無稽さとリアルさが同居しているところだ。例えば中年男スタンコヴィッチが足をケガする経緯や、宇宙飛行士ジョンが乗った宇宙船が団地の屋上に不時着するところは、摩訶不思議で現実離れした展開で、それがとぼけた笑いを生み出している。独特の間も功を奏して、爆笑ではなく、クスクス笑いが全編に散りばめられているのである。

それでいながら人々が交流するシーンはごく自然で、観ていてほのぼのとしてくる。そこでは、ジャンヌがかつて出演した白黒の映画、マダム・ハミダの料理、スタンコヴィッチが一夜漬けで撮影した写真などのアイテムが効果的に使われている。そんな交流劇を通して、最初は奇妙だったり嫌な感じだったりした人々も、魅力的で人間味あふれた存在に見えてくるから不思議なものである。

また、このドラマの途中では何度も奇妙な音が響き渡る。登場人物は、それについて「子供の声だ」とか、「虎の鳴き声だ」などと奇怪な諸説を展開する。映画のラストシーンでその種明かしがされると、「なぁーんだ」となってしまうのだが、それでもそこに至るまでは観客の想像力を刺激して、楽しませてくれる。このあたりも、なかなか凝った仕掛けだと思う。

ラストは宇宙飛行士ジョンが、ヘリコプターで帰っていく展開。ジャンヌの周囲に紙吹雪のようなものが舞うシーンが幻想的だ。最初は無機質で寒々とした雰囲気だった団地だが、観終わって「こういう団地もいいかもね」と思ってしまった。何ともユニークで温かな映画である。名女優のイザベル・ユペールをはじめ、存在感タップリの役者たちの演技も見ものだ。

サミュエル・ベンシェトリ監督は、実際に昔団地に住んでいたらしい。団地はクリエイターたちの想像力を刺激するアイテムなのかもしれない。

●今日の映画代1000円(テアトル系の会員料金。)