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映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「オーバー・フェンス」

「オーバー・フェンス」
シネ・リーブル池袋にて。2016年9月17日(土)午後2時より鑑賞。

ここ数年、佐藤泰志という作家が再評価されている。5回も芥川賞候補になりながら41歳で自死した人物である。再評価のきっかけは、熊切和嘉監督の『海炭市叙景』(2010)、呉美保監督の『そこのみにて光輝く』(2013)の2作が映画化されたためだ。特に『そこのみにて光り輝く』は、その年の日本映画の上位にランクされ、賞レースもにぎわせた。

そして、その佐藤泰志原作の新たなる作品が登場した。こちらも前2作同様に北海道・函館を舞台にしていることから、“函館三部作”の最終章とされている。過去2作は大阪芸術大学出身の監督だったが、今回も同じ大学出身の山下敦弘監督が担当している。

傷ついた男と女のドラマである。妻子と別れて、故郷の函館に戻った白岩(オダギリジョー)は、職業訓練校に通いながら失業保険で暮らしていた。訓練校とアパートを往復するだけの毎日。そんなある日、同じ訓練校に通う代島(松田翔太)に連れて行かれたキャバクラで、聡(蒼井優)というホステスと出会う。昼間は寂れた遊園地でバイトし、鳥の動きを真似する風変わりな彼女に惹かれていく白岩だったが……。

前2作は重苦しさが漂う映画だった。どん底のドツボにはまった人々が、何とか這い上がろうともがく姿が痛々しいほどだった。ところが、今回はかなりカラーが違う。前2作の重苦しさはなく、むしろおおらかさや明るささえ感じさせるのだ。

主人公の白岩は妻子と別れて孤独。職業訓練校に通うものの人生の目的を見失っている。確かにどん底の状態ではあるものの、そこにはダメ男のだらしなさのようなものも感じられる。

そういえば山下監督は、『松ヶ根乱射事件』『苦役列車』『もらとりあむタマ子』などダメ男&女を描かせたらピカイチの監督。白岩のキャラにそういうニュアンスが加わるのは、自然な流れかもしれない。

そんな白岩と聡の交流がこの映画の核になる。聡が鳥の真似をする頭上から大量の鳥の羽が降ってくるなどファンタジックなシーンも登場。山下監督らしいユーモアも散りばめられている。音楽にも明るさが感じられる。そのあたりも前2作との違いだろう。

とはいえ、ただ明るいではない。白岩が今の状態になった背景には、家族に関わる衝撃的な出来事がある。それによって白岩の時間は止まったままで、前を向くことができなくなっている。

一方、最初は自由奔放で天真爛漫な女性と思われた聡も、実は情緒不安定で奇行に走ったりすることがわかる。どうやら、そこには過去の様々な出来事があるようだ。それだけに、2人の関係も素直に前進はしない。2人が激しくぶつかって、怒鳴り合うシーンなどもある。(ただし、白岩の過去が詳細に示されるのに対して、聡の過去は最後まで曖昧模糊としたまま。もう少し彼女の過去も詳しく描いてもよかったのでは?まあ、原作との兼ね合いもあるので難しいところでしょうが)

それでも白岩は聡と触れ合ううちに、少しずつ変化していき、過去と向き合うようになる。それによって悲しく切ない思いもするのだが(白岩の涙が印象的)、自身に踏ん切りをつけるきっかけにもなる。

そして彼は新たな一歩を踏み出す。それを示すのがラストの職業訓練校でのソフトボール大会だ。タイトル通りのシーンが出現し、白岩の新しい人生を印象付ける。すがすがしささえ感じるラストで、これも過去の2作品とは異質なところだろう。

函館が舞台ではあるものの、名所などは登場しない。それでも、暗い空や坂道などが白岩と聡の暮らしぶりに陰影を与えている。

そして、この映画をただの男女のラブストーリーに留めていないのは、オダギリジョー蒼井優の充実の演技によるもの。特に蒼井の役は一歩間違えばただのバカ女になってしまうだけに、その好演が光る。

前2作のようなドスンとくる感じがないだけに、好き嫌いは分かれそうだ。佐藤泰志の小説のファンはどう感じるのだろうか。個人的には、市井の人物を描いている点で、こちらの方が観客の共感は得やすいように思うのだが。白岩や職業訓練校の生徒たちは、どこにでもいそうな普通の人でありながら、様々な事情を抱えている。そういう人たちが少しでも前を向こうとする姿が、素直にオレの胸に響いてきたのである。

●今日の映画代1300円(テアトル系の会員料金で。)