読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「歌声にのった少年」

「歌声にのった少年」
ヒューマントラストシネマ有楽町にて。2016年9月24日(土)午前11時50分より鑑賞。

現地に行ったことはないが、パレスチナの現状が相当にひどいことは報道等から理解できる。敵対するイスラエルにも、それなりの言い分はあるのだろうが、それにしたってあそこまでやることはないでしょう。それがパレスチナ側の憎悪をかき立てて、またしても負の連鎖に陥っていくわけだし。もうちょっと和平に前向きになろうよ。と思うオレ。

そんなパレスチナの現状を取り上げた映画が「歌声にのった少年」(2015年 パレスチナ)だ。ただし、ガチガチの社会派映画ではない。むしろ全体のつくりは完全なエンターティメント作品である。

紛争の絶えないパレスチナガザ地区。歌が好きで、「スター歌手になって世界を変える」ことを夢見るムハンマド少年は、姉ヌールや友達とバンドを組み町で歌っていた。ところが突然、ヌールは重い腎臓病に倒れてしまう。ムハンマドは懸命に手術代を稼ごうと奔走するが、ヌールは十分な医療を受けられないまま亡くなる。やがて成長したムハンマドは、姉との約束を果たすべく、エジプトのオーディション番組「アラブ・アイドル」への出場を決意するのだが……。

この映画、早い話がスター誕生物語である。無名の少年が成長して、オーディション番組に出てスターになる。しかし、ただのスター誕生物語ではない。なぜなら彼の出身地はパレスチナガザ地区だから。そこはイスラエルとの紛争のせいで苦境が続く場所であり、自然にその状況が背景に織り込まれている。

前半は主人公であるガザの少年ムハンマドや姉のヌール、そして友達たちの日常が描かれる。それはいかにも子供らしい生き生きとした日常だ。みんなでガラクタで作った楽器を手にバンド活動をしたり、本物の楽器が欲しくなって闇商人にだまされたり、色々なことが起きる。そんな中で印象的なのが、多くの子供たちが「夢なんかかないっこない」と希望を捨てている現状だ。ガザの現実がそれほど過酷だという証拠だろう。

しかし、ムハンマドと姉のヌールは違う。ムハンマドが美声の持ち主であることから「スター歌手になって世界を変える」という夢を持ち、それを実現しようと努力している。ところが、ある日ヌールは腎臓病に侵され、透析生活を余儀なくされる。本当は腎臓移植の手術をしたほうがいいのだが、お金がなくてそれができない。そして、とうとう彼女は死んでしまう。

後半は、そうした過去を背負いつつ成長し、夢をあきらめきれない青年ムハンマドが登場する。彼はタクシーの運転手をしながらも、歌手になる道を探る。狙いを定めたのは、人気オーディション番組「アラブ・アイドル」(アメリカの人気番組「アメリカン・アイドル」の中東版らしい)。しかし、そこには様々な困難が待ち受けている。まずパレスチナの地を脱出して、開催場所のエジプトに行くことさえままならない。はたして、ムハンマドと亡き姉の夢はかなうのか?

後半で挫折しそうなムハンマドを励ますのは、幼い頃に姉と同様に腎臓を患った女性。そして、何度も襲うあわやのピンチには、奇跡的な出来事が次々に起きる。国境の検問越えでの思わぬ助っ人、オーディション会場での意外な厚意など、正直なところ、「そりゃ都合よすぎでしょう」とツッコミたくなることばかりなのだが、なんとこの話は実話がベースだという。もちろん細部は脚色しているのだろうが、それにしてもビックリの話だ。

同時にそうしたドラマを通して、パレスチナの苦境がくっきりと描かれるのが、この映画の素晴らしいところだ。特に後半に登場する2012年のガザは、イスラエルの爆撃によって廃墟だらけで、思わず息をのむ惨状である(実際にガザでロケをしたらしい)。

とはいえ、基本となるスター誕生物語のワクワク&ハラハラ感は最後まで失われない。終盤はムハンマドがオーディションにチャレンジし、勝ち抜いていく姿が描かれる。ここはハリウッド映画も真っ青のエンタメ性の高い展開だ。そんな中で、ムハンマドはプレッシャーに押しつぶされそうになってしまう。何しろ彼にはガザの人々の期待が一身にかかっているのである。

ラストは実際の当時の映像を使って、ムハンマドの夢の結末を描く。それまでガザの苦境をキッチリと描いてきたおかげで、希望の光がより強く輝く。彼の活躍ぶりに対するガザの人々の熱狂は、閉塞状況をぶち破りたいという願望の表れだろう。

この映画のハニ・アブ・アサド監督は「パラダイス・ナウ」「オマールの壁」などで、パレスチナの現実を描いてきたわけだが、今回はエンタメ性の強いスター誕生物語を紡ぎつつ、それを通してパレスチナの過酷な現実を示している。エンタメ性と社会性が絶妙のバランスで配された作品である。肩肘張らず楽しみながら、パレスチナの現実を知ることができる秀作だと思う。

ムハンマドが歌うアラブ音楽がなかなか良い味を出している。前半で登場するオーディションで選ばれたというガザの子供たちも、躍動感あふれる演技を披露している。そのあたりも見どころのひとつ。

●今日の映画代1300円(テアトル系の会員料金で鑑賞。)