映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「ハドソン川の奇跡」

ハドソン川の奇跡
ユナイテッド・シネマとしまえんにて。2016年9月30日(金)午後2時より鑑賞。

ダーティハリー4」で44マグナム弾を装填したS&W M29を手に、"Go ahead, make my day."とすごんだクリント・イーストウッドを見て、将来彼が名監督になると思った人はいたのだろうか。少なくともオレはそんなことはちっとも思わなかったぜ。というわけで、今や押しも押されもしない名匠。なんと今年86歳になった今も、コンスタントに作品を発表し続けるクリント・イーストウッド監督である。ホント、すげぇなぁ。

さてさて、これまでにも何度も実話ベースの映画を監督してきたイーストウッドだが、今度の新作「ハドソン川の奇跡」(2016年 アメリカ)も、実話をもとにした映画である。

2009年1月15日。乗員乗客155人を乗せた旅客機が、ニューヨークのラガーディア空港を離陸した直後にバードストライク(鳥の直撃)で全エンジンの機能を失う。管制塔からは近くの空港に着陸するように指示が出るが、チェズレイ・“サリー”・サレンバーガー機長(トム・ハンクス)は、ハドソン川への不時着を決断する。結果的に、全員が無事に救出され、サリーは英雄として讃えられる。ところがその後、サリーの判断に疑義が生じ、事故調査委員会の厳しい追及にさらされる……。

主人公はサリーこと、サレンバーガー機長。瞬時の判断でハドソン川に着水し、奇跡的に乗客乗員155人全員の命を救ったことで一躍ヒーローになる。しかし、その後、事故調査委員会による調査の中で、「実は空港に引き返せたのではないか」「エンジンのうち1つはわずかに動いていたのではないか」という疑いが生じ、サリーの決断が本当に正しかったのか疑義が呈される。

映画の冒頭は、問題の事故シーン……かと思いきや、実はサレンバーガー機長の悪夢。飛行機がコントロールを失いビルに激突する。何やら9.11を思い起こさせるシーンで、サレンバーガーの苦悩を端的に象徴している。同時にサレンバーガーが英雄に祭り上げられた背景にはその9.11があったらしい。アメリカ国民はあの悪夢を振り払うべく、飛行機絡みの少しでも良いニュースを求めていたのだ。そこに起きたあの事故。まさに渡りに船だったわけね。

前半は事故後の調査の過程を中心に描かれる。今まで英雄扱いされていたサレンバーガーは、一転して疑惑の人になる。その深い苦悩が、妻(ローラ・リニー)や同僚の副機長(アーロン・エッカート)を交えて綴られていく。サレンバーガーがパイロットになりたての頃の回想なども飛び出す。

とはいえ、さすがに調査だけでは地味な展開。それだけに、「このままでは飽きちゃうのでは?」と思った中盤。そこで満を持して問題の事故シーンが登場する。コックピットと管制塔のやり取り、客室内の様子、現場付近の船の様子などを多角的に描き、異様な緊迫感を生み出していく。迫力満点の映像(実際に川に飛行機を浮かべてロケしたのかな?)がその緊迫感をズンズンと煽っていく。あわや墜落、そして着水、決死の救出劇とまったくよどみがない。

そして、ここで注目なのが、コックピットそのものを映さないことだ。管制塔とのやり取りの音声などは登場するが、コックピット内の機長と副機長の姿は隠したまま。これが後になって効いてくるのだ。

後半のクライマックスは公聴会のシーンだ。そこで不時着の様子がシミュレーションで再現される。さらにコックピット内の音声が流される。ここで、ようやく登場するのがコックピット内の映像。それを通して、サレンバーガーたちが本当はどんな状況下にいたのかを明らかにする。この仕掛けが秀逸だ。

事故シーンは盛り上がるものの、それ以外は地味な素材。なのに、巧みな手腕でエンターティメントとしてここまで面白くするのだから、さすがにイーストウッド監督である。1時間40分弱があっという間だった。

ところで、イーストウッド監督の映画には、見方の分かれるテーマについて、どちらにも肩入れせずに観客に判断をゆだねる作品が多いのだが、今回はそうではなかったようだ。確かに前半はそんな雰囲気が漂うのだが、最後には完全にサレンバーガーをヒーロー扱いしている。まあ、このへんは実話なのでしょうがないのかもしれない。

それよりも気になったのは、全体に人間ドラマに深みがないこと。前半で示されるサレンバーガーの苦悩をもっとじっくり描いたり、勝手に英雄に祭り上げたりこき下ろす世間を批判的に見せたりすれば、さらに味のある映画になったのでは? なにせ名匠の映画なので、こちらもハードルを上げて観てしまうのでね。どうしても厳しく採点しちゃうのですヨ。

ただし、オレは気が付かなかったのだが、ある人が面白いことを言っていた。あの公聴会で描かれるのは、コンピュータなどのハイテクを駆使してサレンバーガーたちを追い込もうとする調査スタッフと、「事故の対応にはデ-タではわからないヒューマンファクターがある」と主張するサレンバーガーたちとの対立だというのだ。なるほど機械VS人間という視点から見れば、現代の、そして近未来の重大なテーマを追求していると思えなくもない。

まあ、そういう難しいことを抜きにしても、エンターティメントとして実によくできた映画なのは確かだ。イーストウッド監督、まさに円熟の境地である。

●今日の映画代1000円(ユナイテッド・シネマ会員の特別料金で鑑賞。)