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映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「カノン」

「カノン」
角川シネマ新宿にて。2016年10月7日(金)午前11時15分より鑑賞。

ハリウッドで、年齢を重ねた女優の活躍の余地が狭くなるという話をよく聞く。それは日本でも同じだろう。世の中全体に「若いって素晴らしい!」的な風潮があって、若いだけでもてはやされたりするわけだから、ベテランたちは活躍しにくくなるわけですよ。どうしても。

ここだけの話だが、某コンクール受賞作のドラマの主役がお婆さんだったにもかかわらず、プロデューサーだかディレクターだかの「誰が婆さんが主役のドラマを見るんだよ!」的な発言によって、いきなり若い男に主役が差し替えられたというとんでもない事実を私は知っている。まったくアホな話ではないか。

というわけで、ベテラン女優がきっちり活躍し、若手とともに絶妙のアンサンブルを奏でるような映画はないものか。かねてからそう考えているのだが、なかなかそういう作品に出会う機会はない。そんな中で、今回鑑賞した「カノン」(2016年 日本)は、観るべきものがある映画といえるだろう。

タイトルの「カノン」とは、パッフェルベルの名曲「カノン」のこと。この映画の中で、重要な鍵を握る曲になっている。

冒頭は葬儀のシーン。金沢の老舗料亭の女将(多岐川裕美)が亡くなり、彼女に育てられた三人の孫、紫(ミムラ)、藍(比嘉愛未)、茜(佐々木希)の三姉妹が集まる。三女の茜が若女将として料亭を守る一方、長女の紫は富山で専業主婦を、次女の藍は東京で小学校教師をしている。久々に顔を揃えた三姉妹は、祖母の遺言によって、数年前に亡くなったはずの母・美津子(鈴木保奈美)が実は生きていることを知る。アルコール依存症だった彼女は、今はアルコール性認知症を患い、娘たちのこともわからなくなっていたのだ。やがて三姉妹は母の過去をたどるのだが……

三姉妹と母との葛藤と和解のドラマである。幼い頃の母との暮らしによって三姉妹は、それぞれに心に傷を負っている。紫はモラハラを繰り返す夫に対して抵抗することもできない。藍は結婚を考えている相手がいるが、幼少時の火事のトラウマなどもあって、前に踏み出すことができない。そして、茜は女将になったプレッシャーに耐え切れず、母と同様に酒を常用するようになっている。

自分たちをないがしろにしてアルコールに走り、今は自分たちの顔もわからなくなってしまった母を恨む三姉妹が、母の過去を探るうちに心を変化させていくドラマというわけだ。

この映画、内容がテンコ盛りのぎっちぎち。ここから4本ぐらいの別々のドラマが作れそうだ。そのせいか、セリフが過多で、特に説明ゼリフが多いのが気になる。ツッコミの浅い描写も多く、例えば茜が酒に溺れる心情などは十分に描き切れていない。また、母の過去を探る中盤からの展開では藍が中心に動くのだが、そこで祖母の「第二の遺言状」なるものを登場させて、安易に話を進める展開も気に入らない。

ただし、それでも捨てがたい味わいがある。雑賀俊朗監督の演出に特別な目新しさはないものの、大げさに盛り上げることもなく、かといってサラリとしすぎない適度な湿度感には好感が持てる。適宜回想をはさんだりして安定感のある演出だ。「カノン」やヒマワリ畑などのアイテムの使い方も巧みで心にしみる。何より、作り手が限られた中でも真摯に描こうとしているのがよくわかる。美津子が苦しんだアルコール依存症についても、比較的ていねいに描かれていると思う(必死で娘たちのために禁酒しようとするものの……というあたりの展開ね)。

いずれにしても、藍を中心にした三姉妹は、母の過去をたどる過程で様々な事実を知ることになる。父の死の衝撃的な真相、母の自分たちに対する愛情、それでいながら思うようにいかなかった苦しみなど。

それが結実するのがラストの結婚式シーンだ。そこで披露されるある演奏(ていうか、もうバレバレですが)。このシーンは感動必至。涙腺の弱い人は号泣するかもしれない。最後に映し出される娘たちと母の表情がすべてを物語り、深い余韻を残してくれる。色々とアラは目立つものの、感動したい人には間違いなくおススメできる映画だと思う。

そして、この映画の最も素晴らしいところはベテラン女優たちの輝きだ。特に美津子を演じた鈴木保奈美には正直驚かされた。若き日の姿、認知症の今の姿、どちらもセリフ以外の表情やしぐさで多くを物語る。とんねるず石橋貴明と結婚して、長い間キャリアを中断させていた人物とは思えない。

さらに祖母役の多岐川裕美、母の元勤め先の経営者役の島田陽子なども見事な演技だ。特に島田陽子は久しぶりに見たのだが、相変わらずきれいで存在感がある。

そんなベテランと、三姉妹を演じた比嘉愛未ミムラ佐々木希(意外にちゃんと演技してたヨ)とのアンサンブルがこの映画の最大の妙。それだけで観る価値があるだろう。角川配給とはいえ、かなり地味に公開されていて注目度は低いようだが、そういう意味でもっと注目されていい映画だと思う。世の中、若けりゃいいってもんじゃないでしょう。

●今日の映画代1000円(テアトル系のサービスデーで)