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映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「永い言い訳」

永い言い訳
ユナイテッド・シネマとしまえんにて。2016年10月15日(土)午前11時45分より鑑賞。

本年を言うのはなかなか難しい。それで波風が立つことも多々ある。社会生活を円滑に営もうとすれば、本音を包み隠して、建前で生きることも必要なのである。いわば真意とは違う演技をするってことですね。

「ゆれる」「ディア・ドクター」「夢売るふたり」などの西川美和監督が、直木賞候補になった自分の小説を映画化した「永い言い訳」(2016年 日本)は、主人公の本音と建前が交錯する映画だ。妻を事故で失った彼の心の軌跡が赤裸々に描かれる。

人気作家の津村啓として活躍する衣笠幸夫(本木雅弘)は、突然のバス事故により妻・夏子(深津絵里)を失う。おまけに、その時彼は不倫相手と密会していた。だが、妻への愛情を失っていた幸夫は、後ろめたさは感じつつも、素直に悲しむことができない。そんなある日、幸夫は同じ事故で亡くなった妻の親友・ゆき(堀内敬子)の夫・大宮陽一(竹原ピストル)と出会う。トラック運転手として働く陽一は、幼い2人の子どもを抱えて途方に暮れていた。その様子を目にした幸夫は、大宮家へ通い、兄妹の面倒を見るようになるのだが……。

冒頭は自宅で幸夫が美容師の妻・夏子に散髪してもらうシーン。かつては作家志望の彼を夏子が食わせ、今では成功した幸夫との間に冷めたい空気が流れていることが、短い会話を通して伝わってくる。ちなみに、衣笠幸夫とはかつての広島カープの鉄人・衣笠と同姓同名(字は違うけど)。そのことに対する幸夫のわだかまりも、チラリと見える。

その直後、夏子は友人とスキー旅行に行くために家を出る。その際、いったん夏子が部屋を出ると、幸夫はスマホを手に取る。どうやら不倫相手から連絡があった模様。しかし、夏子が戻ってきたため、慌ててスマホを近くの棚に置く。ところが、スマホのストラップはゆらゆらと揺れている。夏子はそれを見て複雑な表情を浮かべる。

いやぁ~、相変わらず見事な心理描写である。というわけで、過去の西川作品もそうなのだが、繊細な心理描写が光る映画だ。登場人物のわずかな心の変化もすくい取るその手腕には、感心するばかりである。

その後、バス事故によって夏子は死んでしまう。その時、幸夫は不倫の真っ最中。罪の意識を抱えつつも、すでに夫婦関係が冷え切っていたため、幸夫は夏子の死を空虚な思いで受け止めるしかない。それでも報道陣に囲まれたり、葬儀に臨めば、悲嘆にくれる悲劇の夫を演じることになるわけだ。

そんな中で、幸夫の心は袋小路に迷い込む。何しろ夏子に贖罪の気持ちはあっても、彼女は死んでしまって今さらどうしようもないのだ。彼の空疎な心を見事に表現しているのが、出版社の連中とのお花見で大ゲンカした後に、お濠で一人でスワンボートを漕ぐシーンだ。それを見ているうちに、「コイツは奥さんだけでなく、他の人に対しても気持ちがなかったんだな」と実感してしまうのである。劇中では、不倫相手からもそうした趣旨の言葉を投げつれられるシーンがある。幸夫は、他者とまともな関係が結べないダメ男なのだ。

西川監督は、そんなダメ男を糾弾したりはしない。むしろ温かな目線で見つめている。これもまた、過去の西川作品に共通する要素かもしれない。それは幸夫だけでなく、すべての登場人物に注がれる目線でもある。

まもなく幸夫は夏子とともに死んだ親友のゆきの夫・陽一と知り合う。そして、トラック運転手として忙しく働く陽一をサポートして、彼の息子の真平と娘の灯の面倒を見るようになる。それは夏子への贖罪の気持ちなのか、あるいはテレビにもたびたび登場する有名人としての偽善なのか。そのあたりは、おそらく本人にもよくわかっていないのだろう。

こうして中盤以降は、幸夫と2人の子供たちの日常が生き生きと描かれる。子供のかわいらしさと健気さが際立つ。「アドリブなのか?」と思わせる自然な交流が、幸夫との間で展開され、思わず心がポカポカしてくる。自転車などのアイテムも効果的に使われる。

その一方、陽一は依然として妻の死にけじめをつけられない。そんな彼に対して幸夫がけじめの大切さを説くシーンがあるのだが、「いや、そもそもアンタは奥さんに愛情を感じてなかったし」と思わずツッコミを入れてしまった。また、真平に対して泣くことの大切さを説くシーンもあるのだが、「そもそもアンタは奥さんが死んでも泣いてなかったろう」とここでも思わずツッコミを入れてしまう。

そんなふうに自己矛盾の塊を抱えつつも(それはある意味、人間臭いということでもあるのだが)、幸夫は子どもたちとの交流を通して他者との関わりの大切さを知っていくのである。

その後は、ある女性の出現によって幸夫と陽一親子の関係が変化する。さらに、ある事故が波乱を呼ぶ。その先の展開も含めて、このあたりはやや陳腐な印象はぬぐえない。それでもラスト近くの列車の中での幸夫と真平の会話(自省を込めた)や、幸夫のメモなどは彼の変化をクッキリと印象付けてくれる。ラストもさりげなく幸夫の新たな出発を示唆して終わる。ようやく、彼自身もひとつのけじめをつけたということだろうか。

ダメ男を演じた本木雅弘の演技がとにかく素晴らしい。女にだらしないところなど、あまりにも情けなくて笑ってしまった。武骨な陽一を演じた竹原ピストル(『海炭市叙景』でもいい味出してたけど)の演技も見ものである。

名作『ゆれる』をしのぐとまでは言わないが、個人的にはここ数年の西川作品では最も心に残る作品だった。

●今日の映画代1400円(事前にムビチケ購入済みでした)