読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「溺れるナイフ」

溺れるナイフ
ヒューマントラストシネマ有楽町にて。2016年11月14日(月)午後7時15分より鑑賞。

ハリウッドでもそうらしいが、日本でも映画監督の世界は長い間男性優位社会だった。そんな状況も少しは変化したのだろうか。ちょっと前までは「女性監督の名前を挙げろ」といわれても、すぐには思いつかなかったが、今なら河瀨直美、西川美和、呉美保といったあたりはすぐに思い浮かぶ。もちろん、それでも全体から見れば女性監督はまだ少数ではあるのだろうが。

そんな女性監督の中でも、若手有望株として期待されているらしいのが山戸結希だ。「おとぎ話みたい」「5つ数えれば君の夢」などの過去の作品が、なかなか評価が高いようである(残念ながらオレはどちらも未見なのだが)。その山戸監督の新作が公開になったというので観に行ってみた。

ジョージ朝倉の少女マンガの映画化だが、こちらもオレは読んだことがない。ていうか、そもそもオレは少女をマンガはほとんど読んだことがない。姉や妹がいるとか、マンガ好きな彼女がいるとかすれば、それに影響されて読んだりもするのだろうが、そういうこともなかったからね。

そんなオレでも、この映画はなかなか面白かった。簡単に言えば青春恋愛映画ということなのだろうが、それだけにとどまらない魅力を持つ映画である。

主人公は15歳の夏芽(小松菜奈)。東京でモデルとして活躍していたが、親が実家の旅館を継ぐというのでモデルをやめて、浮雲町という海辺の小さな田舎町に引っ越してくる。ある日、彼女は神様が住むという入り江で個性的な少年・コウ(菅田将暉)と遭遇する。地元の名家・長谷川家の跡取り息子で、傍若無人に振る舞うコウに惹かれる夏芽だったが……。

というわけで、夏芽とコウの恋愛ドラマがこの映画の大きな柱だ。コウは地元の名家の跡取り息子だが、傍若無人に振る舞う少年。およそ優等生とは縁遠い存在だ。そうなのだ。あの年頃の女の子って、こういう男の子に惹かれちゃうんだよなぁ~。おまけに演じているのが菅田将暉だもんね。好きになるのも納得。

ただし、リアルな恋愛として見ると、なんだかちょっと物足りない。マンガの原作を2時間弱にまとめたということもあって、駆け足の展開が多く、2人の心理を丹念に描いたとは言い難いところがある。

その一方で、この恋愛を一種のファンタジー的なものとして見ると、俄然輝きが増してくる。夏芽がコウと最初に会った入江は、神様が住むという立ち入り禁止の場所。コウ自身もまるで神であるかのような発言をする。そのあたりを観ていて、オレは『千と千尋の神隠し』の神の化身の少年ハクを思い出してしまった。『千と千尋の神隠し』の千尋が、八百万の神々が住む世界に迷い込んだように、夏芽も異界に迷い込んでコウと出会ったのかもしれない。

この映画では、中上健次の小説でおなじみの和歌山・熊野の風景を効果的に使われている。そこは神話的な雰囲気に満ち満ちた土地柄。それもまた、2人の恋愛にファンタジー的な空気を色濃く漂わせている。

そんな2人の恋愛を数々の印象深い場面で綴る山戸監督。久々の写真集を出した夏芽と、それを見るコウとのシーンなど、キラキラ輝くシーンが満載だ。

中盤には、熊野に実際にある祭りで、中上健次原作、柳町光男監督の映画「火まつり」でも知られる火祭りが登場する。そして、そこで夏芽とコウの関係を変える大きな事件が起きる。それをきっかけに、コウはそれまでの神的な存在からただの乱暴者になってしまう。いわば地上に堕ちた神というところだろうか。

さらに、そんな中で同じ学校の大友という少年が夏芽との距離を縮める。この2人の恋愛未満、友情以上の関係も、これまた印象的な場面で綴られていく。ツバキの花(真っ赤な色が印象的)で遊ぶ2人、バッティングセンターで夏芽を励ます大友などなど。そして、大友がとんでもなくいいやつなので、ついつい応援したくなってしまうのだ。こっちはコウと対照的だからねぇ。女の子にとってどちらも魅力的なんだろうなぁ。

こうして様々なことを経験した夏芽は、やがて自立を決意かる。最初は自分に自信が持てず、ただ親についてきただけの彼女が、異界に迷い込んでコウや大友たちと出会い、成長を果たしたのである。ほら、やっぱり、これって『千と千尋の神隠し』と似た構図じゃないですか?

自立を決意し、別れを告げる夏芽に対して、大友が歌う「俺ら東京さ行ぐだ」が傑作だ。いまだかつて、ここまで痛切なこの曲を聞いたことはない。大友の気持ちが痛いほどわかって、胸にグッときましたぜ。ホント。

その後は、再び火祭りの夜が登場する。そこでまたしても衝撃的な出来事が起こる。冷静に考えればツッコミどころ満載の展開なのだが、ファンタジーとして見ればこういう展開もありだろう。

ただし、この映画最大の欠点がラストに待ち受けている。合成映像なのが見え見えのセコいバックを背景に、夏芽とコウがバイクに乗るシーンだ。この映画にはアイドル映画的な要素もあるので、あえてそれを強調したのだろうか。あそこですべてが台無しになってしまう。オレなら、過去のフラッシュバックに、2人の会話を乗せて余韻を残して終わるけどね。少なくとも、2人をバイクで走らせるなら、きちんとした映像で見せて欲しかった。

まあ、それでも神話的な要素も取り込みつつ、少女の恋愛と成長を描いた作品として良くできている。最近にしては珍しい骨太な青春映画だと思う。未熟な点はあるものの、山戸監督の才能を十分に感じさせる作品である。

主演の小松菜奈は等身大の演技に好感が持てる。一方、相手役の菅田将暉はさすがだ。「この世のものではない」感も漂わせつつ、コウを演じ切っていた。それ以外では、大友役の重岡大毅、コウや夏芽に憧れる少女を演じた上白石萌音が素晴らしい演技だった。ミュージシャンの志磨遼平も存在感アリ。

●今日の映画代、1300円。テアトルシネマ系の会員料金で。