映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「ブルーに生まれついて」

「ブルーに生まれついて」
角川シネマ新宿にて。2016年11月26日(土)午後1時30分より鑑賞

ロックバカ一代。若い頃からロックバンドの活動に熱中し、聴く音楽もロックが中心だったオレにとって、ジャズは縁遠い音楽だ。それでも、たまにラジオから流れたりすれば、「ほー、なかなかいいじゃん」と思うことも多いし、オッシャレなバーなんぞで女の子といい雰囲気になった時に、BGMにジャズがかかったりするのも、絵になるシーンだと思う(そんな経験一度もないけど)。

まあ、その程度のオレでもチェット・ベイカーの名前ぐらいは聞いたことがある。マイルス・デイヴィスなど黒人ミュージシャンが主流の1950年代のジャズ界で大人気を獲得した白人トランペット奏者兼歌手だ。彼の伝記映画「ブルーに生まれついて」(BORN TO BE BLUE)(2015年 アメリカ・カナダ・イギリス)が公開になった。監督・脚本はカナダの新鋭、ロバート・バドロー。

トランペット奏者兼歌手のチェット・ベイカ(イーサン・ホーク)は、そのルックスのよさもあって1950年代に大人気を獲得する。だが、やがてドラッグで身を持ち崩し、表舞台から姿を消す。そんな中、暴力沙汰に巻き込まれて重傷を負い、トランペッターとして再起不能のピンチに追い込まれる。それでも女優の恋人ジェーン(カルメン・イジョゴ)に支えられながら、再起を目指すのだが……。

伝説的なミュージシャンとはいえ、持ち上げて神格化するのでもなく、こき下ろすのでもなく、ありのままを提示しようとしているのが特徴の映画。特に秀逸なのが彼の人生の切り取り方だ。彼の幼少期はもちろん、人気者になっていく姿やその後にドラックで転落していくところは、ほとんど登場しない。時期的に焦点を当てているのは、転落した後の人生だ。

冒頭近くで描かれるのは、ベイカーの半生を描いた映画の撮影風景。演じるのはベイカー自身。そこで彼は相手役の女優ジェーンと親しくなる。しかし、まもなく暴行を受けて(これもドラッグ絡みらしい)、前歯をなくすなど重傷を負ってしまう。もはやトランペット奏者として再起不能に近い状態。映画の製作も中止。このどん底から、必死で復活を目指すベイカーと彼を支えるジェーンによる、愛と再起のドラマがこの映画の中心である。

ドラックで転落したミュージシャンのドラマは数多あるが、やはりどうしてもその理由が気になるところ。しかし、この映画は時代を絞ったことによって、そこはあまり描かない。黒人中心の世界で「白人の期待の星」とされたプレッシャー、マイルス・デイヴィスなどとのライバル関係、父親との確執などいくつかのヒントは見えるのだが、原因が明確になっているわけではない。いや、そもそも、そんなことは本人にもわからないのかもしれない。それはそれとして、その破滅的な生き方とは対照的なミュージシャンとしての壮絶な生き様を、スクリーンに強く刻み込んでいるのがこの映画だ。

血だらけになって苦痛にさいなまれながらも、けっしてトランペットを離さないベイカー。故郷に戻って給油所で働いたり、場末の店で演奏したりしながら、何が何んでも再起を果たそうとする。ドラッグの誘惑にも負けない。執念とか情熱とかいう言葉では表せない、すさまじい姿である。

最初は見る影もなかった負傷後の彼の演奏だが、次第に上達していく。その陰には、ジェーンのサポートに加え、元マネージャーの尽力などもある。とはいえ、正直なところ昔のようには吹けないのだが、逆にそれが味になっているというのがリアルで、音楽の奥深さを感じさせる。

さて、こうしてついに復活を果たして「めでたし、めでたし」となればいいのだが、現実はそうはいかない。ネット等を見ればわかるが、彼は結局ヘロイン依存から抜け出せずに一生を終えている。そのターニングポイントとして描かれるのがラストの出来事だ。

そこで登場するのは復活のライブシーン。かつて出演した名門ライブハウス「バードランド」への再出演を果たす。しかし、ベイカーはその公演前にある選択をする。それを見ていて、オレは「バカなやつだなぁ」と思った。ある意味、彼の人生にとって最悪の選択だ。だが、同時にこうも思った「彼なら、そうせざるを得ないんだろうな」。別にミュージシャンが、みんなそうだというわけではないが、彼にはそれしかなかったという気もする。まさに悲しい性だ。簡潔に示される彼のその後の人生も含めて、苦みにあふれた切ないラストである。

というわけで、ベイカーの人生を絶妙に切り取った脚本、ムーディーな雰囲気タップリの演出などもいいのだが、この映画の最大の見どころは、何といってもベイカー役のイーサン・ホークの渾身の演技だろう。常人には理解不能の人物を説得力を持って演じている。トランペットの勉強もしたそうで、演奏風景もまったく違和感なし。そして、ところどころで披露する歌声も味がある。特に『マイ・ファニー・バレンタイン』は絶品。彼の演技だけでも観る価値のある映画だと思う。『6才のボクが、大人になるまで。』でもオスカーにノミネートされたが、いつ獲得してもおかしくない俳優だ。

●今日の映画代、1300円。テアトルシネマ系の会員料金で。