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映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「ガール・オン・ザ・トレイン」

「ガール・オン・ザ・トレイン」
TOHOシネマズ スカラ座にて。2016年11月29日(火)午後1時55分より鑑賞

酔って記憶をなくしたことは何度かある。といっても、それは「後になってみるとよく覚えていない」ということで、よくよく考えると「ああ。そうだった」と思い出すことも多かったりする。何にしても記憶をなくすと、とんでもないことになるかもしれないと思わせられる映画が、『ガール・オン・ザ・トレイン』(THE GIRL ON THE TRAIN)(2016年 アメリカ)だ。

失踪し、遺体で発見された女性をめぐるミステリー。ポーラ・ホーキンズの世界的ベストセラー小説が原作。(ただし、オレは未読です)

主人公は、夫と離婚したレイチェル(エミリー・ブラント)という女性。彼女は通勤電車で、沿線の住宅を眺めてスケッチするのを日課にしている。そして、ある一軒の家に住む夫婦に「理想の夫婦」の姿を勝手に見出して、自らの慰めにしていた。その家の近くに彼女はかつて夫と住んでいたが、今そこには元夫トムと新たな妻アナが生まれたばかりの娘と住んでいた。そんなある日、レイチェルは“理想の夫婦”の妻メガンの不倫現場を目撃する。ショックを受けて下車して夫婦の家に向かうが、途中から記憶を失い、気づいた時には自分の部屋で血を流して倒れていた。その後メガンは行方不明になり、まもなく遺体となって発見されてしまう……。

記憶をなくした人物が、その間に起きた事件の謎を追うというのは、よくあるドラマだろう。しかし、この映画はいろいろな工夫をして、観客を飽きさせない作品になっている。例えば時制をバラバラにしたり、怪しい人物を次々に登場させたりと、謎を高める工夫があちこちに施されている。独特の暗くて重たい雰囲気や、緊張感漂う音楽も効果的だ。

そして何よりも印象的なのが、主人公が背負った背景である。レイチェルは子供ができなかったことをきっかけに、自らのアルコール依存症と夫の不倫によって、離婚に追い込まれた過去を持つ。元夫のトムは不倫相手のアナと結婚し、その後生まれた娘とともに暮らしている。しかも、彼らはかつてレイチェル夫婦が暮らした家に住んでいる。

そんな状況の下で、レイチェルはやり切れない思いを抱え、いまだに夫に何度も連絡し、一度は彼らの娘を誘拐しかかる。アルコール依存症もまだ癒えていない。まさに危ない女なのだ。「理想の夫婦」の想像も、彼女の心の闇から生まれたものである。

そして記憶をなくしてしまうレイチェル。その間に何が起きたのか。殺人事件が絡んでくるとなれば、誰もが彼女に疑惑を持ってしまうはすだ。

映画の中でレイチェルの姿は、様々に変化する(別に妖怪七変化するわけではない)。冒頭の列車の中の物静かな姿が、次第に変貌し、想像もつかない方向へと転がる。『ヘルプ ~心がつなぐストーリー~』でおなじみのテイト・テイラー監督は、そんなレイチェルの心の闇と、多様に変化する表情をアップを多用してリアルに切り取っていく。それに応えたエミリー・ブラントの演技も見事だ。それが、このドラマをよりサスペンスフルで謎めいたものにしている。

中盤では、殺されたメガンの心の闇も明らかになる。彼女は過去にある衝撃的な事件に遭遇し、そのトラウマを今も引きずっている。彼女がレイチェルの元夫トムの家で子守をしていたという事実も、事態をますます混乱させる。そこにメガンの夫や精神科医も絡んできて、様々な男女の愛憎劇が繰り広げられる。このおどろおどろしい愛憎劇も、この映画の緊張感の源泉だ。

いったいメガンを殺したのは誰なのか。クライマックスで明らかになる真相は、それほど奇抜なものではない。実はその少し前から、ある人物がついた嘘が明らかになり、その人物に疑惑が向けられていく。ただし、そこには男女のどす黒い情念が塗りこめられている。

それが一気に爆発するのが、その後の出来事だ。それまで夫の元妻に苦しめられるか弱い女のように見えていたアナの取った壮絶な行動(ヒント:あの人はワインボトルですか?)。まさに情念の爆発である。そこに至って激しく対立していた2人の女性が、同じ次元に立ってしまうという皮肉な展開でもある。ここに、この映画の真骨頂があるのではなかろうか。

事件の構図はそれほど複雑なものではない。テレビの2時間ドラマあたりでも、このぐらいの構図は描くだろう。だが、そうしたミステリーとしての謎解き以上に、おどろおどろしい男女の情念のぶつかり合いが、この映画の魅力だ。特に、レイチェル、アナ、メガンという3人の女の情念がスクリーンに満ち満ちている。その渦にすっかり引きずり込まれてしまったオレなのだった。

重厚な本格ミステリーを期待すると裏切られるけど、これはこれでなかなか面白い作品だと思う。なんたって、この世で一番怖いのは人間の心理だからね。

●今日の映画代、1400円。TOHOシネマズの毎週火曜日のマイレージ会員料金で。