読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「The NET 網に囚われた男」

「The NET 網に囚われた男」
シネマカリテにて。2017年1月11日(水)午後12時45分より鑑賞。

例えば、バイオレンスシーンなどで過激な描写の映画がある。タランティーノの映画のように、それを外連味タップリに描くのなら、フィクションとして楽しめるのだが、あまりにリアルに描かれると目をそむけたくなる。何しろオレは痛いのが嫌いなのだ。自分がいたぶられているようで、とても見ていられないのだ。臆病ですいません。

目をそむけたくなるといえば、韓国の鬼才キム・ギドク監督の映画もそうした場面が多い。彼は社会や人間の本質を鋭く突いた映画をたくさん作ってきたが、これでもかとばかりのしつこさが特徴。痛々しさに目をそむけたくなる場面も珍しくない。オレならずとも、観るにはそれなりの覚悟が要るかもしれない。前々作『メビウス』に至っては、夫が不倫したからといって、妻が息子のチンチンをちょん切るという壮絶なお話なのだから。

その一方で監督を他人に任せて、脚本を担当している映画もある。最近では「レッド・ファミリー」や「鰻の男」などだが、こうした映画は、それなりにエンタメ性にも配慮して、観客が入り込みやすい作品になっているケースが多い。

そんな中、登場した今回の監督作品「The NET 網に囚われた男」(THE NET)(2016年 韓国)では、暴力描写をはじめ過激さを封印している。そのせいもあって、面白さが伝わりやすい映画になっている。それでいて、わかりやすいメッセージで社会の矛盾をキッチリと描きだした社会派のヒューマンドラマである。

主人公は北朝鮮で、妻と幼い娘と暮らす漁師のナム・チョル(リュ・スンボム)。ある日、いつものように小さな船で漁に出た彼だが、スクリューに網が絡まりエンジンが故障してしまう。そのまま漂流して韓国領内に入った彼は、韓国警察に身柄を拘束され、スパイ容疑で厳しい取り調べを受ける。

当然ながら取り調べは激しいもので、拷問も加えられる。以前のキム・ギドク監督なら、目をそむけたくなるシーンがたくさん登場したことだろう。しかし、今回は拷問シーンをブラインドで隠すなどして、抑制的に描いている。さらに、取調官を典型的なワル(といっても内面には色々あるのだ)的に見せて、善人であるチョルと対決させる。おまけに、チョルに同情して友情関係になる若い警護官(しかもイケメン)を配置するなど、ドラマを盛り上げる様々な工夫を凝らしている。

その後、チョルは亡命するように説得される。その過程で、彼はソウルの街に連れ出される。だが、そこで彼は「見てしまうと北に帰ってからよけいなことをしゃべるから」と目をつぶり続ける。その頑なな姿が南北分断の厳しい状況を突きつける。

一般に南北問題を描くと、「北=悪の帝国」「南=素晴らしい国」という図式になりがちだが、キム・ギドク監督はそんな硬直的な考えには立たない。チョルは街で偶然ある娼婦を助ける。そこで彼は、自由な国のはずの韓国に不幸な人がたくさんいること、お金がものをいう世界であることを知らされる。キム・ギドク監督の鋭い視線は、韓国という国家の抱える闇を容赦なく暴き出す。

チョルはひたすら北に帰ることを願う。それは思想云々ではなく、ただ家族と静かに暮らしたいという純粋な思いからだ。だが、南北分断の現状がそれを容易には許さない。それでも彼はけっして節を曲げない。

やがて、彼はついに北朝鮮への帰還を勝ち取る。それもまた南北双方の権力の駆け引きによるものなのだが、いずれにしてもチョルは英雄として迎えられる。自らへの疑念を払しょくするためか「金正恩、万歳!」を叫んで船に立つチョル。

しかし、韓国で厳しい取り調べを受け、亡命を勧められたことによって、チョルは今度は北朝鮮当局から疑念の目を向けられる。そして行われる取り調べ。それはまさに韓国で受けた取り調べと、合わせ鏡のような厳しい取り調べだ。ここに至って、チョルを翻弄とするという点では、韓国も北朝鮮も同列であることが印象付けられる。イデオロギーに関係なく、権力が彼を追い詰め、ボロボロにしていくのである。

ナム・チョルは本当に普通の人だ。家族思いで優しい心を持ち、ただ穏やかに暮らしたいと願う市井の人である。そんな人物を韓国も、北朝鮮も同じように扱い、過酷な状況にさらす。何とも切なく、哀しい運命である。

ラストに待ち受けているのは衝撃的な出来事。チョルをそこまで追い込んだ権力に対する怒りが湧いてくる。

最後に映るのは彼の幼い娘の姿。はたして、彼女が大人になる頃には、少しは南北問題は良い方向に進んでいるのだろうか。困難なことは承知で、そうなることを願わずにはいられない。

主人公チョルを演じるのは、「ベルリンファイル」などでアクション俳優としても活躍するリュ・スンボム。今回は派手な動きよりも、抑制的な目の演技が印象深い。試練に耐えて自分を曲げない男を存在感たっぷりに演じている。青年警護官役のイ・ウォングン、チョルの妻を演じた「メビウス」のイ・ウヌなども印象的な演技だった。

南北分断という危険なテーマを、こういう形で、しかも面白く描くのだから、さすがにキム・ギドク監督である。肝の座り方がハンパではない。

そして、この映画に描かれた一人の人間を省みない権力の姿は、韓国と北朝鮮だけでなく、世界のどこにでも見られる姿なのかもしれない。

●今日の映画代、1000円。シネマカリテの毎週水曜の映画ファンサービスデー(男女共)の料金で。