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映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「ブラインド・マッサージ」

「ブラインド・マッサージ」
新宿K's cinemaにて。2017年1月20日(金)午前10時30分より鑑賞。

いわゆる健常者が、障がい者のことを理解するのは難しい。だから、健常者中心の社会が構成されて、障がい者は不利益を被る。最近、視覚障がい者が駅のホームで事故に遭うケースをよく耳にするが、あれなどはまさにその典型だろう。

映画の世界でも、障がいを持つ人を主役にした映画は皆無ではないが、その数は圧倒的に少ないように思える。健常者が彼らのことを理解するのには、それなりに困難が伴うせいかもしれない。

中国のロウ・イエ監督の作品「ブラインド・マッサージ」(推拿/BLIND MASSAGE)(2014年 中国・フランス)は、ほとんどの出演者が視覚障がい者という珍しい設定の映画だ。

ロウ・イエ監督といえば、2000年に「ふたりの人魚」が当局の許可なしにロッテルダム国際映画祭に出品したため中国で上映禁止。2006年には、天安門事件にまつわる出来事を描いた「天安門、恋人たち」がカンヌ国際映画祭で上映された結果、再び5年間の映画製作・上映禁止処分。その禁止処分の最中は、海外資本で「スプリング・フィーバー」などを撮り、前作「二重生活」から公式に復活を果たすという波乱の映画人生を歩んできた監督だ。

とはいえ、今作が政治的な映画だったりするわけではない。ビー・フェイユが書いた中国の同名ベストセラー小説が原作。舞台は中国・南京の盲人マッサージ院。そこで働く若者たちの日々を描いた青春群像劇である。

冒頭は、そのうちの一人、シャオマー(ホアン・シュエン)という青年について、幼い頃に交通事故で失明し「いつか回復する」という医師の言葉を信じていた経緯が語られる。そこで登場する映像が鮮烈だ。ピントがぼやけたような映像で、何やら焦点が定まらない。あれは、突然目が見えなくなったシャオマーの不安定な心情を表しているのだろうか。目が見えなくなるということは、正確に言えば何も見えなくなるわけだが、それ以上に彼の内面を表現しているようにも思える不思議な映像だ。そう。この映画は盲人たちの感じる世界を、ありのままにリアルに描き出そうとしているのである。

ちなみに、こののち、監督やキャストがナレーションで読み上げられる。この仕掛けも観客に対して、少しでも盲人の気持ちを理解してほしいという意図によるものかもしれない。

やがて成長したシャオマーが働くのがシャー(チン・ハオ)とチャンが経営する南京のマッサージ院。そこには様々な盲人が働いている。院長のシャーは結婚を夢見てお見合いを繰り返すもののうまくいかない。周囲から「美人だ」といわれる新人ドゥ・ホン(メイ・ティン)は、そう言われることを嫌がっている。そんな中、シャーの同級生ワン(グオ・シャオトン)とその恋人コン(ャン・レイ)が駆け落ち同然で転がり込んでくる。

それぞれに事情を抱えた盲人たちの日常。それは、健常者と何ら変わりのない毎日だ。恋をしたり、笑いあったり、ケンカしたり、傷ついたり、怒ったり、悩み苦しんだり。もちろん夢や希望もある。それを手持ちカメラを中心にした映像で生き生きと見せていく。

シャー院長は「美しい」ということが理解できず、その反動としてドゥ・ホンを好きになる。だが、ドゥ・ホンはそれを拒否する。また、幼さの残るシャオマーは、コンに欲望を感じるようになるが、ワンの恋人であるコンがそれに応えることはない。見かねた同僚に誘われて風俗店に行ったシャオマーは、そこで風俗嬢のマン(ホアン・ルー)と出会い、恋に落ちる。

ひと口に盲人といっても、障がいの程度は人それぞれ。各自が背負ったものも違う。そういう人たちが集うことで、いくつもの予期せぬ出来事が起きていく。

もちろんマッサージ院の中の世界だけでなく、外の世界でもいろいろなことが起きる。例えば、ワンは弟が背負った借金をめぐって修羅場を演じる。また、終盤ではシャオマーが風俗嬢のマンをめぐって暴力沙汰に巻き込まれる。

そして、そこで登場するのが冒頭と同様のピントのぼけた映像だ。延々とシャオマーとその周囲の風景を描き出す。心がざわつく、切ない場面である。

だが、この映画はただ切なかったり、つらいだけではない。その後に描かれるのは、美人のドゥ・ホンに降りかかった思わぬ運命。確かにつらいエピソードではあるのだが、同時に自らの力で道を切り拓こうとするドゥ・ホンの強さも感じられる。

そして、ラストにはほのかな希望の灯がともされる。失踪したはずのシャオマーとマンの後日談だ。ここで、この映画が盲人たちの過酷な運命やノスタルジーの映画ではなく、希望の映画であることが明確になるのである。

この映画の主要キャストは、ロウ・イエ作品ではおなじみのチン・ハオ(「二重生活」「スプリング・フィーバー」)、グオ・シャオトン(「天安門、恋人たち」)をはじめ健常者か中心だが、さすがに実力者揃いだけに違和感のない演技である。そして同時に盲人も出演している。なかでもコンを演じたチャン・レイの演技は出色だ。盲学校在学中に本作へ出演し、台湾アカデミー賞金馬奨で最優秀新人演技賞を受賞。現在はプロのマッサージ師として働いているという。

この映画を観て、まるで自分も劇中のマッサージ院にいるような感じになってしまった。盲人であっても健常者と同様に感じること、そして盲人だからこそ感じることが、手に取るように伝わってきて、彼らとの距離が縮まった気がした。もがき苦しみながらも、懸命に前を向こうとする彼らの姿が焼き付いて離れない。見事な青春映画だと思う。

●今日の映画代、1500円。この映画の鑑賞券は劇場と中国書籍を扱う書店にしかないと聞いていたのだが、新宿のちけっとぽーとにはちゃんと置いてありました。さすがです。