映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「たかが世界の終わり」

「たかが世界の終わり」
ヒューマントラストシネマ有楽町にて。2017年2月12日(日)午後12時30分より鑑賞。(スクリーン1/E-12)

いい年していまだにブレイクを果たせないオレのような人間から見ると、若くして世に出たヤツの才能がうらやましくて仕方ない。嫉妬のあまり「フン。どうせ年とともに尻すぼみになって、落ちぶれるに決まってるぜッ!」などと悪態をついて、なおさら惨めったらしい気持ちになったりするわけだ。

カナダのグザヴィエ・ドラン監督も、オレの嫉妬光線の格好のターゲットだ。何しろわずか19歳で監督・主演した「マイ・マザー」(2009年)で衝撃の監督デビューを飾り、その後も「わたしはロランス」(2012年)、「トム・アット・ザ・ファーム」(2013年)、「Mommy/マミー」(2014年)と才気あふれる作品を送りだしてきたのだ。あ~、悔しい!

そんなドラン監督の新作が「たかが世界の終わり」(JUSTE LA FIN DU MONDE)(2016年 カナダ・フランス)である。最初に言っておくが、これまた見事な映画なのだ。やれやれ。

この映画のもとになったのは、38歳で死去したフランスの劇作家ジャン=リュック・ラガルスの戯曲。家族を描いたドラマだ。

主人公は34歳の人気作家で同性愛者(ドラン監督自身も同性愛者で、映画にも同性愛者がよく登場する)のルイ(ギャスパー・ウリエル)。彼が12年ぶりに帰郷するシーンからドラマが始まる。彼は病気で死期が迫っていて、それを家族に告げるために帰郷するのだ。

出迎える家族は、母のマルティーヌ(ナタリー・バイ)、妹のシュザンヌ(レア・セドゥ)、兄のアントワーヌ(ヴァンサン・カッセル)、彼の妻のカトリーヌ(マリオン・コティヤール)の4人。

この人たち、みんなどこか変なのである。マルティーヌは息子の大好きな料理を作って歓迎するのだが、大はしゃぎでひたすら喋りまくる。妹のシュザンヌは、兄が家を出た時にまだ小さくてよく覚えおらず、慣れない化粧をしたりして兄を出迎える。一方、兄のアントワーヌは、何やら不機嫌そうだ。もともとこの人、家族を怒鳴りまくっているのだが、勝手に家を出た弟にはなおさらわだかまりがある模様。そして、彼の妻のカトリーヌは初対面のルイに気を使うが、意外に鋭い感性の持ち主だったりする。

この映画はほとんどがルイの実家の中で進行する。わずかに回想が挟み込まれたり、ルイが兄とともに車で出かける展開がある程度で、それ以外は家の中で家族全員で、あるいは1対1で会話が繰り広げられる。大きな事件などは起きないが、それでも密度の濃い時間が生み出されている。

もとが舞台劇だけに、セリフの言い回しや強弱を中心に演劇の良さは十分に生かされている。同時に、そこに映像的な妙味を加えている。具体的には、会話をする人物の表情をアップでキッチリ捉え(それ以外はわざとぼかしたりして)、セリフとは裏腹の感情なども含めて、家族の心理を繊細に描写している。

そこから見えてくるのは、機能不全に陥った家族の姿だ。彼らの感情は葛藤やすれ違いの連続である。ただし、完全に家族崩壊に至る間際で無意識に踏みとどまる。まさに微妙なバランスの上に成立した家族。そんな家族の無意味な会話が続き、ルイは帰郷の目的を告白するタイミングを見失ってしまう。そして観客は「いつルイは告白できるのか」とハラハラしながらスクリーンを見つめるのだ。

それと同時に、観客はいろいろと想像力をかき立てられる。この映画では、詳しいディテールの説明などはない。例えば、ルイが家出した理由も明確ではないし、その他の家族が抱えたものもぼんやりしたままだ。いったい彼らの過去に何があったのか。目の前で繰り広げられ会話を通して、観客の想像力が試されるのである。

ギャスパー・ウリエル、レア・セドゥ、マリオン・コティヤールヴァンサン・カッセル、ナタリー・バイという5人の実力派俳優の演技も見ものだ。特に少ないセリフながら、その表情で多くのことを物語ったルイ役のギャスパー・ウリエル。ルイの病気を見抜きつつ、直接的には口に出すことなく、チラリチラリと不安な感情を見せたマリオン・コティヤールの演技が素晴らしい。

まあ、あまりにも強烈すぎる個性の家族なので、「こいつらがいるなら、ルイも家を出たくなるよなぁ」と思ったりもしてしまうわけだが、それでも家族というものの複雑さを的確に捉えた映画なのは間違いない。

ドラン監督がこの映画を監督したのは27歳の時。そして、この作品で第69回カンヌ国際映画祭でグランプリを受賞した。はたして、こののちどんな作品を送り出すのか。末恐ろしいとはこのことだろう。

あ~、それにしても悔しい。ほんのひとかけらでもいいから、オレに才能を分けてくれんものでしょうか? ドラン監督。

●今日の映画代、1300円。今日もTCGメンバーズカード料金。貧乏人なのでつい安く観られる映画館に行ってしまうのだ。