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映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「未来よ こんにちは」

「未来よ こんにちは」
Bunkamuraル・シネマにて。2017年3月28(火)午前10時45分より鑑賞(ル・シネマ1/D-6)

時は過ぎゆく。時間とともにいろいろなものが変化し、思うようにならない現実に直面する。だが、それを素直に受け入れることは難しい。

「未来よ こんにちは」(L'AVENIR)(2016年 フランス・ドイツ)(上映時間1時間42分)の主人公ナタリーにも、受け入れ難い現実が押し寄せる。それに対して、彼女はどう向き合うのか。

ナタリー(イザベル・ユペール)は50代後半。高校で哲学を教えている。夫ハインツ(アンドレ・マルコン)も哲学教師だ(そんな背景から、この映画には哲学的言辞があちこちに登場する。それがドラマに深みをもたらしている)。2人の子供はすでに独立している。ひとり暮らしの母は認知症が進み、問題ばかり起こしていた。そんなある日、ハインツが「好きな人ができた」と告白し家を出る。傷ついたナタリーはかつての教え子ファビアン(ロマン・コリンカ)たちが暮らすアルプスの山荘を訪れるのだが……。

冒頭はナタリー夫婦と2人の子供がバカンスに出かけているシーン。そこから数年後に時間が飛んで、ドラマがスタートする。ナタリーは授業をしに高校に出かける。しかし、そこでは政府の政策に反対する生徒たちが、ストライキをしている。若い頃のナタリーは、彼ら以上に急進的な考えの持ち主だった。だが、今はストをかいくぐって授業を行っている(それでも最後は生徒たちの要求に応じてクラス討論を認めるのだが)。

エネルギッシュでラジカルな高校生たちの姿に、時の流れを感じさせられるナタリー。彼女が直面する現実はそれだけではない。ナタリーには一人暮らしをする認知症の母がいる。彼女はたびたびトラブルを起こして、ナタリーを苦しめていた。また、何冊も本を出している出版社からは、時代に合わないのでリニューアルしたい。でないと本は出せないといわれてしまう。

そして、まもなく極めつけの驚愕の事態が訪れる。夫が「好きな人ができた」といい、家を出て、2人は離婚することになるのだ。

と聞くと、いかにも波乱のドラマのようだが、劇的な展開や演出は極力排除している。例えば離婚の話にしても、劇的に盛り上げるなら夫が突然ナタリーに切り出す設定にするだろう。しかし、この映画では、最初に父の不倫に気づいた娘が「どちらかを選んで」と父に迫る前フリがある。

この映画の監督は、フランスの注目の若手女性監督ミア・ハンセン=ラブ。「あの夏の子供たち」「EDEN エデン」などの過去作があり、本作で第66回ベルリン国際映画祭銀熊賞(監督賞)を受賞した。

彼女が紡ぎだす抑制的なタッチの中で、主演のイザベル・ユペールがその演技力をいかんなく発揮する。こちらは、クロード・シャブロル監督の「ヴァイオレット・ノジエール(原題)」、ミヒャエル・ハネケ監督「ピアニスト」で2度カンヌ国際映画祭女優賞に輝くなど、数々のキャリアを重ねてきた名女優。60歳を過ぎた今もハイペースで出演を重ね、先日はポール・バーホーベン監督の「エル(原題)」で、アカデミー主演女優賞に初ノミネートされた。

そんなユペールの演技が絶品だ。気づけば時が流れ、老いを自覚せざるを得なくなり、しかも夫に去られて一人ぼっちになったナタリー。平静を装いつつも、怒りや悲しみがチラチラ顔をのぞかせ、時には爆発する。その心理の見せ方ときたら、絶品としかいいようがない。まさに名演技なのだ。

ナタリーに時の流れを自覚させる存在がもう一つある。かつての教え子のファビアンだ。豊かな才能の持ち主で彼女の監修で本も書き、情熱家で社会変革を目指すラジカルな青年。ナタリーはほのかな恋愛感情も彼に抱いているようである。

後半、ナタリーはファビアンに誘われて、彼が恋人や仲間たちと暮らすアルプスの山荘に行く。しかし、そこで彼女はファビアンから「あなたたちのやり方は甘かった。それでは世の中は変わらない」と批判されてしまい、疎外感を味わう。自身の老いと孤独に否応なく向き合うことになるナタリー。

何やら絶望的で自殺でもしそうな展開だが、そうはならない。ベッドで泣くナタリーだが、翌朝には再び毅然として歩き出す。そう。この映画のナタリーは、ひたすら歩き回っている。どんなことがあっても自分を見失うことなく、歩き続けるのだ。その姿が実に凛々しいのである。

そんな彼女を象徴するのが、ラストの後日談だ。彼女には孫が誕生し、元夫や2人の子供とも新たな関係を築いていく。その時のナタリーの表情には、間違いなくタイトル通りに明日が見える。

戸惑いのはてに、すべてをありのままに受け入れて、前を向いていく。誰にでもできるわけではありないが、ぜひそうありたいと思う人は多いだろう。

ナタリーと同世代の人はもちろん、多くの観客が自分の生き方に思いをはせそうな良作だと思う。

ついでに、パリの街並みやアルプスの美しい風景、そして丸々と太った黒猫も印象的な映画だった。

●今日の映画代、1100円。久しぶりのBunkamuraル・シネマ。毎週火曜はサービスデー。