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映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「はじまりへの旅」

「はじまりへの旅」
ヒューマントラストシネマ渋谷にて。2017年4月2日(日)午後2時25分より鑑賞(スクリーン1/D-11)。

フリーランスゆえ定収入はない。仕事がなかった月はほとんど収入がない。その代わりたくさん仕事があったり、たまたま締め払いが重なった月はそこそこ収入がある。といっても、大した額ではない。昔は30分の脚本を書いて100万円くれるという夢のような仕事があったりして、けっこうな額の振り込みがあったりしたのだが、最近は悲惨なものだ。わずかな収入をやりくりして、どうにか生存している次第である。

そんな生活を続けていると、ときどき山奥にでも行って、お金をかけない自給自足の生活でもするか……と思ったりもする。だが、どう考えても無理だ。それを可能にする知識もノウハウも体力もない。おそらく1週間、いや3日で死ぬな。確実に。

「はじまりへの旅」(CAPTAIN FANTASTIC)(2016年 アメリカ)の主人公一家は、山奥の森の中で暮らしている。森の熊さんではない。れっきとした人間の一家だ。

冒頭は森林の俯瞰。そこはアメリカ北西部の山奥の森の中。そこに登場するのは、熊さんではなく鹿さんだ。ムシャムシャと葉っぱを食べている。すると物音が……。む? と振り向く鹿さん。しかし、再び葉っぱを食べ始める。次の瞬間、ナイフを持った若い男が鹿さんを襲い仕留める(撮影では動物は傷つけておりません。たぶん)。

というわけで、この山奥の森で暮らすのが父親ベン(ヴィゴ・モーテンセン)と6人の子供たち。彼らは自給自足のサバイバル生活を送っている。鹿さんを仕留めたのは長男。どうやら成人の儀式らしい。そして仕留めた鹿さんを解体処理する。子供たちは厳格なベンの指導の下で過酷なトレーニングをしているため、すさまじい体力の持ち主だ。そして学校にこそ通っていないものの、多彩な読書によって豊富な知識を持ち、6か国語を操る。

ちなみに、父親ベンがこんな暮らしをしている根底には反体制・反権力のラジカルな考えがある模様。彼は有名な言語学者のノーム・チョムスキーを信奉しているが、チョムスキーといえばまさに反権力的な人々にとってのカリスマだ。

しかし、まあ、どう考えてもこの父親、自分の身勝手で子供たちを縛っているとしか思えないわけだ。そのうちに絶対に破綻がくるのが目に見えている。つまり、このドラマ。話の大筋は読めてしまうのだ。

だが、それでも面白い映画になっている。何といっても風変わりな家族を生き生きと描いているのが魅力だ。見た目は普通なベンの子供たち。しかし、山奥の隔絶された暮らしゆえ、世間とはかけ離れた言動を繰り返す。それがたくさんの笑いを振りまくのだ。それ以外にも、観客を飽きさせない工夫がそこかしこにある。

一家の転機は入院していた母レスリーの死によって訪れる。以前から精神を病んで病院に入っていたレスリーが亡くなり、ベンと仲の悪いレスリーの父親は、「お前ら葬式に来るな!」と拒否する。それに対して子供たちが「葬儀に出たい!」といい、ベンもレスリーの遺言状に書かれていたことを実現しようと決意。一家は2400km離れたニューメキシコを目指して自家用バスを走らせる。

ここからはロードムービーになる。そこでは様々な出来事が起きる。一家はベンの妹の家に滞在するが、自説を曲げないベンは周囲と軋轢を巻き起こす。また、オートキャンプ場でベンの長男はある女の子と知り合い、初めてのときめきを覚える。そうしたことを通して、子供たちは父親が主導する今の生活に疑問を持ち始める。

そして、ついに一家は葬儀の場に乗り込む。さぁ、上を下への大騒ぎだ(ベンのド派手な衣装や子供たちのいでたちが爆笑モノ)。だが、それをきっかけに、子供たちは自立へのカウントダウンに突入する。そして、父親ベンも、今まで自分がやってきたことに、ようやく疑問を感じ始める。

このあたりも予期したとおりの展開だ。とはいえ、一家の言動をテンポよく見せて飽きさせない。クライマックスも、なかなかの盛り上げ方だ。いったんは、バラバラになりかけた家族。しかし、母の遺言貫徹という目標を再び掲げて、ミッション遂行に乗り出す。

その躍動感あふれる展開の後に待っているのは、水辺での弔い。そこで家族が歌うガンズ・アンド・ローゼズの「Sweet Child O’Mine」が実に印象的だ。それがあるから、その後の後日談が納得できる。家族は再び絆を結ぶのだが、それは以前のものとは全く違う。長男は自立し、残った子供たちも……。

ラストにかなり長めに映される食卓シーン。何も言わず、ただ子供たちを見つめる父親。そして、めいめい自由に振る舞う子供たち。清々しさと未来への希望を感じさせるラストである。

陳腐な話になりがちなドラマをこれだけ面白くしたのは、マット・ロス監督(もともとは俳優)による演出・脚本の功績だろう。笑いとマジメのバランスが良い。この作品で、第69回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門の監督賞を獲得した。

それ以上に見事なのがヴィゴ・モーテンセンの演技だ。エキセントリックさと普通さを巧みに混在させ、ここぞという時には観客の胸に迫る演技を披露する。ヒゲをそっただけでたくさんのことを物語ってしまう。さすがである。アカデミー主演男優賞ノミネートも納得。受賞は逃したけどね。

●今日の映画代、1300円。TCGメンバーズカード料金です。