映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「LION ライオン 25年目のただいま」

「LION ライオン 25年目のただいま」
ユナイテッド・シネマとしまえんにて。2017年4月15日(土)午前11時30分より鑑賞(スクリーン1/D-8)。

「もしかしてボクって、よその家からもらわれてきたの?」
感受性豊かな、というか思い込みの激しい幼少期には、誰でも一度や二度はそんなことを考えたことがあるのではないか。だが、目の前の親を見れば、しょーもないところが自分と似ていたりして、「あー、やっぱ、この親の実の子だわ」と安堵すると同時に落胆したりするわけだ。たいていは。

しかし、本当によその家からもらわれてきた子、つまり養子になった子供には、心理的に大変な苦労があるはずだ。だからこそ、養子制度では、そうした点についてもきちんとしたサポートが必要なのだろう。

映画「LION ライオン 25年目のただいま」(LION)(2016年 オーストラリア)の主人公は養子だ。子供の頃にインドで迷子になり、5歳でオーストラリア人夫婦の養子になった青年が、25年後にGoogle Earthを使って故郷を探し出したという実話をもとにした作品である。

ただし、自分のルーツ探し(=謎解き)の醍醐味は期待しないほうがよい。謎解きの面白さを追求するなら、最初は青年時代の主人公を登場させて、そこから過去をさかのぼらせるはず。しかし、この映画はまず主人公の子供時代からスタートする。

舞台は1986年のインド。スラム街で貧しいながらも母や兄などと一緒に暮らしていた5歳のサルー(サニー・パワール)。だが、兄とはぐれて停車中の回送電車で眠り込み、はるか遠くの都市コルカタまで来てしまう。

そこは同じインドでも言葉が通じず、サルーは浮浪児狩りにあったり、人身売買を企てるカップルに捕まったりと苦難の連続だ。その挙句に彼は孤児院に入れられる。その孤児院ときたらあまりにも劣悪な場所だった(インド人がこの映画を観たら、不快な思いをするかもしれない。そのぐらい容赦ない描き方をしている)。

これが長編デビューとなるオーストラリアのガース・デイヴィス監督が力を注いだのは、ストーリー展開の面白さよりも、そうしたサルーの受難を通して観客の感情移入を促すことだ。そのために徹底してサルーの心情に寄り添い、ローアングルの子供目線の映像などで、彼の不安、混乱、孤独をあぶりだしていく。幼少時代のサルーを演じるサニー・パワールの健気さも相まって、観客の涙腺を強く刺激する。

さて、孤児となったサルーだが、やがてオーストラリア人夫婦に養子として引き取られる。彼がそれに応じた背景には、新聞広告を何度も出しても、親が名乗り出なかったという事実がある。それもまた観客の涙を誘う。

中盤に描かれるのは、オーストラリアに渡ったサルーと、彼を迎えた養父母の姿。そこも彼らの心情をリアルに描くことに注力する。お互いに最初はぎこちない態度をとりつつも、少しずつ距離を縮めていく。その微妙な心の揺れ動きが繊細に描写される。また、サルーと同様に養子として迎えられた弟も登場する。彼がサルーとは対照的に問題を抱えた子供であることによって、単純な美談に留まらない厚みをドラマに加えている。

後半はそれから25年後のドラマ。優しい養母(ニコール・キッドマン)と養父に育てられ大人になったサルー(デヴ・パテル)が描かれる。頭もよく優しい性格の彼は、順調な人生を歩んでいる。まもなく恋人(ルーニー・マーラ)もできる。そのあたりでは、多民族国家オーストラリアの社会事情もさりげなく盛り込み、サルーが自然にそこに溶け込んでいることを印象付ける。

しかし、サルーは子供の頃に好きだった揚げ菓子を見たのをきっかけに、忘れていた記憶がよみがえり、インドの実母に会いたいという思いが募る。そして、知人が「Google Earthで探せば見つかるかも」とアドバイスしたことから、故郷探しを始める。

冒頭にも言ったが、ルーツ探しの経緯をていねいに描いて、謎解きの面白さを見せることはしない。ここでもサルーの心の動きが中心に描かれる。それは「故郷を探すことは養父母に対する裏切りではないか」という葛藤である。

彼らがいなかったら、今の自分はあり得ない。それでも、自分が何者なのかを知りたい思いは消し難い。その狭間で揺れに揺れて、ついに引きこもりになってしまう。記憶の中の実母の姿や幼少時の思い出なども使いつつ、そんなサルーの心情をダイレクトに伝え、観客の切ない思いを刺激する。

クライマックスは予想通りの展開ではあるものの、誰もが感動できそうだ。その後には「ライオン」というタイトルの意外な理由が明かされ、さらに実際の映像を使いつつ、サルーと実母だけでなく養母との絆を再確認させる心憎い仕掛けが用意される。おかげで観客は温かな思いに誘われる。

社会問題への配慮も怠らない。劇中では、養母がなぜサルーを養子に迎えたのか、彼女の強い思いが語られる(ニコール・キッドマンがさすがの演技)。養子制度の原点ともいうべきテーマへとつながるシーンだ。

ラストではインドにおける迷子の多さを訴え、それをサポートするユニセフへのリンクまで張る。まさに万全の配慮である。

前半に比べて、後半はやや失速した感はあるものの、徹底して主人公と周囲の人々の心理描写にこだわり、観客をきっちりと感動させるのだから、大したものだと思う。感動したい人にはオススメの映画である。

ちなみに、この映画は今年のアカデミー作品賞、助演男優賞(デヴ・パテル)、助演女優賞ニコール・キッドマン)、脚色賞、撮影賞、作曲賞の6部門にノミネートされた(1個も受賞できなかったのはちと悲しいですが)。

●今日の映画代、1400円。事前にムビチケ購入。