映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「マンチェスター・バイ・ザ・シー」

マンチェスター・バイ・ザ・シー
YEBISU GARDEN CINEMAにて。2017年5月17日(水)午後1時30分より鑑賞(スクリーン1/G-7)。

トラウマで心が凍りついたり、闇を抱えた人物を描くなら、舞台はやはり寒い土地が良い。高倉健主演の「駅 STATION」にしても、北海道を舞台にしたからこそ成立した映画であり、南国のリゾート地だったら全く違う作品になったことだろう。

第89回アカデミー賞ケイシー・アフレックベン・アフレックの弟)が主演男優賞を、そしてケネス・ロナーガン監督が脚本賞を受賞した映画「マンチェスター・バイ・ザ・シー」(MANCHESTER BY THE SEA)(2016年 アメリカ)も、舞台となる町がドラマと見事にリンクしている。

タイトルの「マンチェスター・バイ・ザ・シー」とは、アメリカのマサチューセッツ州にある港町の名前。夏になるとビーチに大勢の人がやってくるらしいが、この映画の冒頭で映る風景は何とも寒々しい。まるで主人公の凍りついた心を象徴しているようである。

マンチェスター・バイ・ザ・シーは、この映画の主人公リー(ケイシー・アフレック)の故郷だ。彼が兄のジョーカイル・チャンドラー)とその息子とともに、船に乗って釣りを楽しむシーンが登場する。ただし、これは過去の出来事だ。

現在のリーは、ボストン郊外で暮らしている。腕のいい便利屋だが、同時に不愛想で短気でトラブルばかり起こしている。どうやら、彼の心は壊れているようだ。いったい何があったのか。

まもなく、リーに故郷の病院から連絡が入る。兄ジョーが倒れたというのだ。そこでマンチェスター・バイ・ザ・シーの病院に駆け付けると、すでにジョーは死亡している。ショックを受けたリーは、葬儀などの準備もあり、しばらく故郷に滞在する。

そんな中、リーはジョーの遺言を預かった弁護士から、彼の息子でリーにとって甥にあたる16歳のパトリック(ルーカス・ヘッジズ)の後見人に指名されていることを告げられる。リーは戸惑いつつ、パトリックに対してボストンで一緒に暮らすことを提案する。しかし、パトリックはこの町を離れたくないとリーの提案を拒否する。

それでもリーとパトリックはしばらく一緒に暮らす。こうして2人の交流が始まる。だが、それはかなりギクシャクしたものだ。パトリックは女の子にモテモテで、二股をかけていたりする。その一方で、やはり父の死とそれに伴う環境の変化にショックを受けている。表面的には平気なようだが時には取り乱したりもする。

一方、リーも問題を抱えている。彼はこの町にいる間、明らかに居心地が悪そうだ。周囲の人々の中にも、彼を快く思っていない人がいる。リーにはどうしてもこの町にいたくない事情があったのだ。

こうした現在進行形のドラマの合間に、絶妙のバランスで過去の出来事が挟み込まれる。そこで少しずつリーに起きた過去の悲劇が語られる。かつては、妻と3人の幼い子供とこの町で暮らしていたリー。しかし、ちょっとした過失から大きな悲劇が彼らを襲う。それがすべてを彼から奪い、今も心に深い傷をつけたままなのである。

この映画の素晴らしさは、まず脚本にある。傷ついた人間のドラマというと、パトリックなどとの交流を通して、リーが少しずつ心を開いて再生していく展開を予想する。しかし、このドラマは違う。安直な再生も癒しもない。人間が、そう簡単にトラウマを乗り越えられないことを観客にリアルに伝える。それはリーだけでなく、彼の元妻ランディやパトリックの実母も同様だ。

では、リーは何も変わらないのか。そうではない。パトリックとの交流は紆余曲折に満ちたものだが、それでも2人は少しずつ距離を縮めていく。そして、リーはまったくの孤独の世界から、多少なりとも外へ足を踏み出しかける。

だが、それでも乗り越えがたいものがあるのが人生だ。この映画の最大のヤマ場は、過去の悲劇以来、初めてリーと元妻ランディが本格的に言葉を交わす終盤のシーンだろう。お互いに言葉では言い表せない様々な思いを抱えて、どうしようもない2人。それがリーの最後の決断につながる。

それはありがちなハッピーエンドではない。しかし、それでも希望がないわけではない。ラストでリーは自宅のソファ・ベッドについて言及する。それは、ほんの微かな希望の灯火なのかもしれない。彼やパトリックの今後について、様々なことを考えさせられる余韻の残るエンディングである。

それにしてもケイシー・アフレックの圧巻の演技!! セリフ以外で様々な心情を物語る。ほとんど笑わないどころか、表情の変化自体が乏しいのだが、それでも目線やほんのわずかな顔の動きなどで多くのことを表現する。

悲劇的事件のあとで警察で事情を聞かれるシーン、兄の葬儀に参列した人々を複雑な表情で見つめるシーンなど、印象に残るシーンがたくさんある。そんな中で最も心にしみるのは、元妻ランディとの会話シーンだろう。ランディ役のミシェル・ウィリアムズの演技も素晴らしくて、やるせなくてたまらない。胸が張り裂けそうだ。このシーンだけでも絶対に観る価値がある。

要所で流れるクラシック音楽などの格調高いメロディーも、この映画に趣を与えている。

パトリックの女性関係など笑えるところもあるのだが、基本は物悲しさと重苦しさが続く映画である。それでも人間ドラマとしての深みは一級品であり、多くの観客の胸に響くはずだ。今年公開される洋画の上位にランクされるのは間違いない。

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