映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「追憶」

「追憶」
ユナイテッド・シネマとしまえんにて。2017年5月19日(金)午後2時40分より鑑賞(スクリーン9/E-11)。

画面が立体的に見える3D映画はすでにおなじみだが、現在は4D映画というものも登場している。映画に合わせて座席が前後左右に稼働したり、風、水(霧)、香り、煙りなどの演出が体感できる技術で、MX4Dと4DXという二つの種類がある。オレは一度も体験したことがないのだが、テーマパーク感覚で映画を楽しむにはピッタリかもしれない。

だが、4Dでなくても香りがする映画がある。観ているうちに、映画の内容から独特の香りが立ちのぼるのである。

「追憶」(2017年 日本)(上映時間1時間39分)も香りのする映画だ。それはズバリ、「昭和」の香りだ。高倉健主演の「夜叉」「鉄道員(ぽっぽや)」をはじめ、数々の名作を手がけた大ベテランの降旗康男監督と撮影の木村大作が9年ぶりにタッグを組んだ映画。まさに昭和の名作を生み出したコンビである。

殺人事件をめぐるサスペンスと人間ドラマが融合した映画だ。最初に描かれるのは、25年前の出来事。主人公の四方篤をはじめ川端悟、田所啓太という親に捨てられた3人の子供たちが、喫茶店を営む涼子(安藤サクラ)という女性のところに身を寄せ、何かと面倒を見てもらう。そんな中、涼子を苦しめる悪い男の存在に業を煮やした3人は、その男を殺そうとする。その事件をきっかけに、彼らは散り散りになる。

続いて描かれるのは25年後の事件だ。成長して富山で刑事になった四方篤(岡田准一)は、ラーメン屋で突然、川端悟(柄本佑)から声をかけられる。25年ぶりの再会だ。川端は東京でガラス店を営んでいるものの、経営が苦しく、能登半島で土建会社を営む田所啓太(小栗旬)に金を借りに来たという。

その翌日、殺人事件が起きて四方が現場に駆けつけると、被害者はなんと川端だった。しかし、彼は川端と昨夜会ったことを誰にも言えない。それが知られれば、25年前の出来事に行きつく可能性がある。そこで彼は独自に捜査を始める。疑わしいのは、当然ながら川端が会うと言っていた田所だ。四方は25年ぶりに田所に会いに行く。しかし、田所は頑なに口を閉ざす。

最初に、サスペンスと人間ドラマが融合した映画だと言ったが、サスペンス的な面白さはあまりない。それを本気で追求するなら、25年前に何があったかはギリギリまで明かさないだろう。しかし、あえて事件の内容を冒頭近くで見せてしまうことで、過去の傷を背負った3人の男たちの葛藤を描くことに注力する。

彼らは今も25年前の事件を抱えて生きている。表面的には心の奥に閉じ込めて鍵をかけているようでも、常に彼らの生き方に影響を及ぼしている。それが次第に明らかになってくる。

四方は子供を失ったことをきっかけに妻と別居し、問題を起こしてばかりいる実母とぶつかる。川端は妻の父親から引き継いだ店を守るために、あらゆる犠牲を払おうとする。そして、田所も妻の父親の土建会社を引き継いでおり、妻は出産間近だ。

彼らに共通するのは家族の問題だ。25年前にある種の疑似家族が崩壊して以来、様々な葛藤を抱え、迷い苦しみ、ある者は家族を失い、ある者は新たな家族を作り、ある者は今ある家庭を必死で守ろうとしている。そんな彼らの心の内をじっくりとあぶりだす降旗康男監督。同時に、彼らの家族や涼子を慕う男の思いなども、きちんと描き出していく。

撮影の木村大作の映像もさすがに見事だ。特に北陸の海の荒々しい波、美しい夕日などの自然風景が素晴らしい。登場人物の心象風景をそのまま投影したような映像である。千住明による情感に満ちた音楽も、この映画にふさわしい。

というわけで、いかにも降旗康男監督と撮影・木村大作らしい情感あふれる世界が展開する。ただし、今回このドラマを演じているのは岡田准一小栗旬などの若い俳優たちだ。そこにこの映画の妙味がある。

3人の幼なじみを演じた岡田准一小栗旬柄本佑は、いずれも十分な存在感を発揮している。また、四方の妻を演じた長澤まさみ、田所の妻を演じた木村文乃なども陰影に富んだ演技を見せる。そして、忘れてならないのは、この映画が遺作となったりりィである。四方の母の悔恨の人生を全身で表現している。

この映画で残念なのは終盤のバタバタ感だ。特に殺人事件の真相には拍子抜けしてしまう。ああいう事件の構図にするのはかまわないが、もう少し伏線を張るなどして納得できる決着にしてほしかった。

また、田所の妻の出産にまつわる経緯と、それに関係して彼女の出生の秘密が語られるあたりも、何だか唐突な感じがする。ここまですべてが急速に収束されると、違和感を持たざるを得ない。この映画の上映時間は1時間39分。ドラマの中身からして、あと20分ぐらい長くして、もう少し時間をかけてじっくり描いてもよかったのではないか。

それでも日本映画、特に昭和の香りのする映画の伝統を、こういう形で継承した点で意味のある映画だと思う。時代は変われど、こうした映画には消えてほしくないものである。

●今日の映画代、1000円。毎週金曜はユナイテッド・シネマの会員サービスデー。