映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「メッセージ」

「メッセージ」
TOHOシネマズ日本橋にて。2017年5月22日(月)午後7時より鑑賞(スクリーン7/J-18)。

宇宙人は存在するのだろうか。しないのだろうか。そんなことに関係なく、SF映画には宇宙人がひんぱんに登場する。彼らはもちろん宇宙船で地球にやってくる。その宇宙船は様々な形をしている。それはそうだ。本当の宇宙船なんて誰も見たことがないのだから。

そんな中でも、実にユニークな形の宇宙船が登場した。何かに似ている。確かに似ている。だが、思い出せない。いったい何に似ているのだろうか……。

家に帰ってネットの記事を見て思わず手を叩いた。“「ばかうけ」×映画「メッセージ」コラボ実現!”。そうか。栗山米菓のお菓子「ばかうけ」にそっくりだったのだ!!

というわけで、SF映画「メッセージ」(ARRIVAL)(2016年 アメリカ)を鑑賞した。テッド・チャンの短編集『あなたの人生の物語』に収められた表題作の映画化だ。いくら宇宙船が「ばかうけ」に似ているからといって、コミカルな映画などではない。むしろシリアスすぎるぐらいシリアスなドラマである。

主人公は言語学者のルイーズ・バンクス(エイミー・アダムス)という女性。映画の冒頭、そのルイーズが娘ハンナを出産し、ハンナが成長し、そして若くして病気で亡くなってしまう経緯がコンパクトに描かれる。美しく静謐なシーンが連なったこのパートが、実はあとあとで大きな意味を持ってくる。

そして登場する宇宙船。不思議な形の飛行物体(これが「ばかうけ」にそっくり)が、世界の12カ所に飛来する。いったいこれは何なのか。世界中が混乱する中で、ルイーズはアメリカ軍のウェバー大佐(フォレスト・ウィテカー)から協力要請される。ルイーズは同じく軍の依頼を受けた物理学者のイアン(ジェレミー・レナー)とともに、宇宙船の内部へ入り異星人と接触する。

こうした設定は特に奇抜なものではない。異星人もののSFではおなじみのパターンだ。しかし、陳腐な感じはまったくしない。何よりも映像が素晴らしい。宇宙船内部の独特の質感、半透明の壁越しにぼんやり見える7本足の異星人(ちょっとイカかタコっぽい?)。斬新で格調高い映像のおかげで、不穏な感じが途切れずに続いていく。重低音が印象的な音楽も、緊張感を高めるのに一役買っている。ごく普通のSFとして観ても面白い映画だと思う。

最初はまったくコミュニケーションが取れないルイーズたちだが、少しずつ異星人たちと意思疎通ができるようになる。異星人たちは墨を吐き出し(やっぱりイカ?)、それで図形のようなものを描く。それこそが異星人たちの言語のようだ。ルイーズたちはそれを解読しながら、彼らが何の目的で地球に来たのかを探ろうとする。

後半になると世界の混乱がエスカレートする。それに業を煮やした国の中から、中国を先頭に宇宙船を攻撃しようという動きが出てくる。

とくれば、地球人VS異星人による宇宙戦争が始まりそうにも思える。CG全開で迫力の戦闘シーンが繰り広げられるのか? だが、そんな単純な展開には至らない。むしろ複雑で深い世界へと突入していく。

この映画では、途中からルイーズの記憶らしきシーンがところどころに挟まれる。そうである。冒頭でも描かれたルイーズと娘とのシーンだ。これはルイーズの過去の記憶であり、彼女が抱えるトラウマを表したものだ……とばかり思っていたのだが。え? なに? そ、それって、もしかして……。

こうして訪れる終盤のどんでん返し。その詳しい内容は伏せておくが、ヒントになるのは異星人たちの時間に関する感覚だ。彼らには地球人のような時間の感覚がない。だから、何千年も先の出来事も見通すことができる。そして、ルイーズもまた……。

この驚愕の真実が明らかになるとともに、本作は哲学的な色彩を帯び始める。これこそが、この映画の最大の特徴だ。それは人間の生き方に対する問いかけである。

もしも未来の運命というものがわかっているとしたら、はたして人間はそれを避けるべく生き方を変えるのだろうか。だが、どんなに運命を変えようとしても、我々は最終的に死という運命からは逃れられない。ならば、未来を案じるよりも、それを受け止めて、今この時を精一杯に生きる方が大切ではないか。そんな重い問いが観客に投げかけられるのである。

ラスト近くで、すべてを理解して宇宙戦争を止めるべく行動するルイーズ。そして、最後に彼女が示した選択は、まさに運命を丸ごと受け入れて前に進むというものだ。その姿を通して、生きることに対する圧倒的な肯定感がスクリーンを覆いつくすのである。

うーむ。ここまで哲学的で、詩的で、美しいSF映画は久しく目にしていなかった。SF映画史に残る名作であるスタンリー・キューブリック監督の「2001年宇宙の旅」やアンドレイ・タルコフスキー監督の「惑星ソラリス」などとも、共通する資質を持った映画だと思う。そのぐらい深みのある作品だ。SF映画を侮ってはいけない!

カナダのドゥニ・ヴィルヌーヴ監督は、「灼熱の魂」「プリズナーズ」「複製された男」「ボーダーライン」と違ったタイプの映画を撮りながら、すべて面白い作品に仕上げてきた。今回も期待にたがわぬ力作だ。ヴィルヌーブ監督は今年公開予定の「ブレードランナー 2049」(名作SF映画「ブレードランナー」の続編)の監督も務めている。そちらもますます楽しみになってきた。

●今日の映画代、1400円。事前にムビチケ購入済み。