映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「ハクソー・リッジ」

ハクソー・リッジ
ユナイテッド・シネマとしまえんにて。2017年6月24日(土)午後12時15分より鑑賞(スクリーン3/F-15)。

戦争は怖い。戦場はきっと地獄絵図だ。実際に観たことはないけれど……。

かつての戦争映画は、そんな戦場をありのままに描くことはなかった。あまりにも残虐すぎるからだろう。しかし、1980年代以降、「プラトーン」「ハンバーガー・ヒル」「プライベート・ライアン」など、戦場の実態をできるだけ忠実に再現しようとする映画が出現した。それは、ただ人を怖がらせることを意図したものではないはずだ。そこから人間や戦争の本質をあぶりだそうとしたに違いない。

映画「ハクソー・リッジ」(HACKSAW RIDGE)(2016年 アメリカ・オーストラリア)の戦場シーンもかなりエグい。そして、やはり、そこからはいろいろなものが見えてくる。

監督はメル・ギブソン。といえば「マッドマックス」などで知られる俳優だが、1995年の「ブレイブハート」、2004年の「パッション」、2006年の「アポカリプト」など監督としての実績も十分にある。そんな彼の10年ぶりの監督作だ。

実話をもとにした映画である。どんな実話かといえば、第2次世界大戦で武器を持たずに戦場に行って兵士の命を救った米軍衛生兵のドラマだ。にわかには信じがたい話だが、前半はなぜ主人公がそんな行動をとるに至ったかが描かれる。

ヴァージニア州で生まれ育った主人公のデズモンド・ドス(アンドリュー・ガーフィールド)。最初に登場するのは少年時代の彼だ。一見野山を駆け回る普通の子供のようだが、実は父のトム(ヒューゴ・ウィーヴィング)は、第1次世界大戦で心に傷を負い、酒におぼれている。そんな中、デズモンドはケンカの果てに兄の命を奪いそうになってしまう。そのことで、彼はキリスト教の「汝、殺すことなかれ」という教えを大切にするようになる。

続いて描かれるのは彼の青年時代だ。デズモンドは、事故で重傷を負った少年の命を適切な処置で救う。これが、その後の人生につながる。さらに、彼は少年が運ばれた先の病院で、看護師のドロシー(テリーサ・パーマー)と出会い恋に落ちる。

そこまでの描き方に冗長さはない。あれこれセリフで説明したりせず、デズモンドの人となりを簡潔に示して、彼のその後の言動に説得力を持たせている。

やがてデズモンドは軍隊に志願する。それは他の兵士同様に、愛国心に駆られての行動だ。第2次世界大戦が激化し、犠牲者が増えていることに心を痛め、「自分も役に立ちたい」と思って衛生兵に志願したのだった。

こうして入隊して訓練を受けることになったデズモンド。しかし、そこで問題が起きる。それまでは他の兵士と同様に厳しい訓練を受けていたデズモンドだが、狙撃の訓練が始まったとたん、銃に触れることを断固として拒否するのだ。

もちろんその背景には、彼の厚い信仰心がある。「汝、殺すことなかれ」という聖書の教えが行動の源泉だ。土曜日を安息日とすることも彼にとって重要なことだった。

しかし、上官はそんな彼に除隊を勧める。それも拒否したデズモンドは上官や仲間の兵士たちから、嫌がらせを受けることになる。おまけにドロシーとの結婚式にも出られずに、命令を拒否したかどで軍法会議にかけられてしまう。それでもデズモンドは「信念を曲げては生きていけない」と言い切る。

最初は、宗教的信念を基盤にデズモンドの姿を描いていたギブソン監督。「パッション」でキリストの受難を描いた監督らしい視点だ。しかし、ドラマが進むにつれて単に宗教的信念という枠を超えて、人間としての生き方というテーマが自然に浮上してくるのである。

そして、この映画にはいくつかのドラマ的な見せ場もある。軍法会議でピンチを迎えたデズモンドを救うのは意外な人物だ。これも実話なのかもしれないが、ドラマを盛り上げるのに効果的な設定である。

後半は、ハクソー・リッジ(沖縄の前田高地)での壮絶な戦いを描く。これが、かなりエグい描写なのだ。あっさりと頭を撃ち抜かれ、火炎放射器で火あぶりになり、内臓をまき散らし、手足をもがれ、苦痛にのたうち回る兵士たち。「パッション」や「アポカリプト」で暴力や苦痛を「これでもか!」という容赦のなさで描いてきたギブソン監督は、今回もまったく手をゆるめない。

その中から、戦争や軍隊の本質が見えてくる。戦場に来る前は、デズモンドを臆病者扱いしていた兵士たちが、恐怖で顔をゆがめ、弱音を吐く。それに対して、デズモンドは本当に武器を持たずに丸腰で、兵士の命を救っていく。戦争の残虐さ、無慈悲さ、軍隊という組織の不可思議さ、人間の本当の強さなど、多くのことを考えさせる場面だ。

また、仲間の兵士との会話を通して、デズモンドが武器を持たないことを誓う原因となった、もう一つの衝撃的な事件も明らかにされる。そうなのだ。やはり、彼を突き動かしているのはただの宗教的信念だけではなかったのである。

クライマックスには大きな見せ場が用意されている。戦闘がいったん中断した後の戦場に一人残ったデズモンドが、多数の負傷者の救出にあたる。しかし、そこにはまだ敵の目が光っている。しかも、彼らが戦っていたのは切り立った崖の上。どうやって、デズモンドは負傷兵たちを救うのか?

知力と体力を絞って一人で奮闘するデズモンドは、まさにヒーローだ。多少できすぎの感はぬぐえないが、大いにドラマは盛り上がる。手に汗握る展開で全く目が離せない。2時間19分があっという間だった。

デズモンドの行動で印象的なのは、仲間の兵士だけでなく、敵である日本軍の兵士まで救おうとすることだ。彼の信念の強さをうかがわせる。アンドリュー・ガーフィールドが主人公を演じると聞き、線が細いのではないかと思ったのだが、逆にそれがデズモンドの純粋さ、信念の強さに結びつき、納得できるキャストに思えた。

当たり前の感想ではあるが、「やっぱ戦争って嫌だよねぇ~」という思いとともに、人間の生き方についても考えさせられる一作なのであった。ギブソン監督の熱い思いに裏打ちされた演出も見事で、観応え十分!!

●今日の映画代、1000円。ユナイテッド・シネマとしまえんの13周年記念会員特別料金。