映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「逆光の頃」

「逆光の頃」
新宿シネマカリテにて。2017年7月12日(水)午後12時より鑑賞(スクリーン1/A-9)。

暑い夏はなるべく上映時間の長い映画が観たい。だって、その分、涼しい映画館に長くいられるのだから。

などと思いつつ観に行ったのは、なんと上映時間が66分しかない映画なのだった……・

「逆光の頃」(2017年 日本)は、上映時間66分、つまり1時間6分。どうしてそんな映画を観に行ったのかというと、脚本と撮影も兼ねる小林啓一監督に惹かれたからである。

小林監督は「ももいろそらを」(2012)、「ぼんとリンちゃん」(2014)と、魅力的な青春ストーリーを紡いできた。女子高生たちのちょっとした冒険を全編モノクロ映像で描いた「ももいろそらを」は心にしみる作品で、オレのその年のベスト映画の一つになった。また、腐女子の女子大生と幼なじみのアニオタ浪人生を描いた「ボンとリンちゃん」も、なかなか面白い映画だった。いわば青春映画の名手なのである。

で、今回の「逆光の頃」はどうなのか。これまた、まがいもない青春ストーリーである。京都で生まれ育った男子高校生が、幼なじみとの恋、同級生たちとの友情やケンカなどを経験しながら、成長していく姿を描いている。

原作は漫画家のタナカカツキの初期のコミック。ちなみに、タナカカツキはフィギュアの「コップのフチ子さん」の原案者でもあるそうだ。

主人公の赤田孝豊(高杉真宙)は、京都に住むどこにでもいそうな高校2年生。まじめでよい子だが、ちょっと抜けたところがある。そして、当然ながら人並みに悩みもあったりする。

冒頭は彼の独白とともに、目にしたものの残像に関する話が飛び出す。何やら難しいドラマなのだろうか……と思ったら、遅刻しそうになって慌てて家を飛び出す孝豊。そう、やっぱり彼は普通の高校生なのだ。

そんな彼の日常が、いくつかのエピソードを積み重ねる形で描かれるこの映画。ただし、とりたてて大きなことは起きない。

前半で描かれるのは、彼にとって憧れと羨望の的であるらしい同級生の公平(清水尋也)とのエピソード。バンド活動をする彼は模擬試験を受けずに、ライブハウスに出演する。それを観客席から見つめる孝豊。そして、その後、河原で無邪気に水遊びする2人。まさにキラキラ輝く青春だ。しかし、まもなくライブハウスは閉店が決まり、マスターの勧めもあって公平は学校をやめて上京してしまう。

中盤では、孝豊と幼なじみの、みこと(葵わかな)の恋が描かれる。夏休みにわざわざ学校に行き、毎日英単語を覚えることにした孝豊。しかし、夜になっても家に帰ってこない。そのことを孝豊の姉(佐津川愛美)から聞いて心配したみことが、学校に行ってみると、孝豊はつい居眠りしてしまっていたのだ。

警備員に見つかるとまずいからと、2人は隠れる。その間の交流が描かれる。それは実に初々しい恋だ。宇宙人がいるかどうかという他愛もない話をしたり、2人で並んで美しい満月を眺めたり。同時に、そこで、ほんのちょっとした奇跡を起こして見せる。この映画の中で最も心にしみるシーンだ。青春のきらめきが、これ以上ないほど生き生きと活写されているのである。

後半では、今までケンカなどしたこともない孝豊が、自分とみことのことをからかう不良の小島(金子大地)に対して、初めてのケンカを挑む。そこには「あんな奴一発殴ればいいのに」というみことの言葉や、孝豊の父親(田中壮太郎)の昔のエピソードなどが絡んでくる。激しい雨の中、素手同士のゴツゴツした殴り合いが続く。これもまた青春なのだ。

その後、孝豊は父親から仕事である伝統工芸の手ほどきを受ける。彼の成長を物語る出来事だ。

こうしてほのかな恋愛、親子関係、友人関係など、青春時代の様々な側面を瑞々しく切り取る小林啓一監督。さすがである。何よりも映像が魅力的だ。アニメなども織り込みつつ、美しく鮮度の高い映像を生み出している。

今回は京都が舞台ということもあって、その風景も印象的に使われている。孝豊とみことが学校から帰る河原のシーンは、この世のものとは思えないほど幻想的だ(鴨川の納涼床?)。五山の送り火や満月の映像も素晴らしい。観ているうちに、すっかり京都に行きたくなってしまった。

青春ど真ん中の映画でありながら、ノスタルジーの香りも漂わせている。すでに青春がはるか遠くになってしまったオレのような観客も、孝豊たちを見ているうちに、「そういえば、自分にもあんなことがあったっけ」と共感するはずだ。

いや、実際は、あんなにかわいい子とつきあうことなどなかったし、そもそもあんなイケ面高校生ではなかったわけだが、そういうことを忘れさせるマジックが、この映画には存在しているのだ。

孝豊役の高杉真宙、みこと役の葵わかな矢口史靖監督の『サバイバルファミリー』に出演していて、NHKの朝ドラのヒロインに選ばれたとか)の初々しさも特筆もの。どちらもピッタリの配役だった。

しかし、66分はいくらなんでも短すぎでしょう。もう一つか二つエピソードを重ねて、あと20分ぐらい長くしても良かったと思うのだが……。

とはいえ、キラキラ輝く瑞々しい青春映画で、このクソ暑い夏を心地よく爽やかにさせてくれたのだった。青春真っ只中の人も、すでに過ぎ去った人も、どちらの胸にも響きそうな良作である。

●今日の映画代、1000円。シネマカリテの毎週水曜のサービスデー料金。