映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「ファウンダー ハンバーガー帝国のヒミツ」

「ファウンダー ハンバーガー帝国のヒミツ」
角川シネマ有楽町にて。2017年7月29日(土)午後1時10分より鑑賞(F-9)。

マクドナルドにはよく行く。平日の比較的空いた時間を狙って行き、ハンバーガーを食べつつ新聞を読んだり、パソコン仕事をするのである。なんせノマドワーカー(もう死語?)なもので。

しかし、ずっと疑問だったのだが、ケンタッキーフライドチキンでは創業者のカーネル・サンダースがドッシリ存在感を示しているのに対して、マクドナルドの創業者はどうなってしまったのだろう? 店名から推測するにマクドナルドさんが創業していそうではあるのだが……。

映画「ファウンダー ハンバーガー帝国のヒミツ」(THE FOUNDER)(2016年 アメリカ)を観て、そんな疑問が一気に氷解した。この作品はまさにマクドナルドの“創業者”レイ・クロックの伝記ドラマなのである。

映画の冒頭で、そのレイ・クロック(マイケル・キートン)の顔が大写しになる。52歳の営業マンの彼は、自分が扱うシェイクミキサー(シェイクを作る機械)を必死で売り込むセールストークを展開しているのだ。だが、あっさり客に断られる。いろんな職を転々としてきたレイだが、今の仕事もあまりうまくいっていないらしい。

ところが、まもなく意外な事態が発生する。なんと一度に8台もの注文が舞い込んだのだ。相手はどんな客なのか。レイがカリフォルニア州南部に車を飛ばすと、そこにあったのは大繁盛のハンバーガーショップ「マクドナルド」だ。経営するのは、マック(ニック・オファーマン)とディック(ジョン・キャロル・リンチ)のマクドナルド兄弟である。

兄弟の案内で店を見たレイは驚愕する。システマティックな調理で、注文からわずか30秒で商品が出てくる。バーガーやポテトは高品質だ。その代わり、皿やフォークはナシ。ウェイトレスも不在という合理的サービスでムダを削減。なにからなにまで、当時としては画期的な店だった。

「これは商売になる!」と直感したレイは「絶対にフランチャイズ化すべきだ!」と兄弟に提案する。しかし、兄弟は全店で質を維持するのは困難だと断る。それでもあきらめられないレイは、必死で頼み込み、ついに契約を取り交わす。こうして彼はフランチャイズ化に乗り出すのだった。

前半の見どころは、マクドナルド兄弟がレイに語る創業物語だろう。ハリウッドでホットドッグ屋を営んでいたものの、店を半分に切ってトラックに積んで移転するなど、面白いエピソードがテンコ盛りだ。開店前にテニスコートに図を描いて、そこでスタッフ総出でシミュレーションするエピソードも意表をついている。

そんな兄弟の波乱万丈のドラマを、「しあわせの隠れ場所」「ウォルト・ディズニーの約束」のジョン・リー・ハンコック監督が軽妙に描いていく。

それにしても、このままなら創業者はマクドナルド兄弟のはずではないか。なにゆえレイ・クロックは“創業者”となったのか。それが描かれるのが後半だ。

フランチャイズ化に乗り出したレイは、妻レセル(ローラ・ダーン)に内緒で家を抵当に入れて金を借り、店をオープンさせる。友達にも声をかけて出店させる。しかし、何だか変な店も出てきたりして思うようにいかない。そこで、自ら気に入ったオーナーをスカウトして店を出させる。

実のところ、マクドナルド兄弟とレイの間には、最初から隙間風が吹いているのだが、それでもこの頃までは、兄弟同様にレイにも、店の質を落としたくないというこだわりが感じられる。

だが、問題はその後だ。店はどんどん増えるものの、利益が思うように上がらないレイ。ついに、借金が返せずに家を取られそうになる。妻にも知られて険悪な雰囲気になる。そんな苦境を背景に、彼はコスト削減のため低品質の商品を売ろうとする。それが兄弟を激怒させ、ますます両者の関係は悪化する。

そして決定的だったのが、レイが新たなビジネスを始めたことだ。ある男のアドバイスで、自分で土地を買ってリースするビジネスモデルをつくり上げたのである。こうなると飲食店というよりもはや不動産業だ。

ドラマが進むにつれて、レイはどんどん強引に、どんどん容赦なくビジネスを展開していく。何かと尽くしてくれた妻も捨てて若い女に走る。それとともに、単なる伝記映画を越えた作り手の意図が見えてくる。それは金さえ稼げれば何でもありの、弱肉強食の資本主義の究極の姿だ。

レイがいつも自己啓発まがいのスピーチのレコードを聞いて、自分を鼓舞しているのも、アメリカンドリームを追う者たちの生態を象徴しているようで興味深い(ちなみに、そのスピーチはトランプ大統領の座右の書らしい)。

そして、ついにレイはマクドナルド兄弟と全面対決し、彼らから「マクドナルド」を奪って、自ら“創業者”を名乗ったのである。ここに至って、彼が「“ ”」つきの創業者である理由が明らかになるのである。

単純なビジネスマンの成功物語ではない。はたしてレイは偉大なビジネスマンなのか、それとも血も涙もない資本主義の怪物なのか。観る人によって解釈が異なりそうな映画である。

作り手も、そのあたりは断定的に描かない。おまけにレイを演じるのはマイケル・キートンだ。かつては「バットマン」でブレイクし、最近になって「バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)」でアカデミー主演男優賞にノミネートされ、奇跡の再ブレイクを果たした彼の演技が圧巻である。もともとワルから正義のヒーローまで、何でもこなしてしまうだけに、善悪の境界をいく演技が絶妙だ。

無表情のままマクドナルド兄弟に高圧的に対するレイの態度からは、まさに怪物的な怖ささえ漂ってくる。これがビジネスというものなのか。こうした成功物語には、どす黒い影の部分がつきものとはいえ、個人的にはやっぱり、うすら寒いものを感じてしまったのである。

とはいえ、レイ・クロックという人物がいなければ、日本にマクドナルドは進出しなかったかもしれないわけで……。

そんな一筋縄ではいかない複雑さを持つ見応え十分な映画である。マクドナルドに行かない人も見て損はないはず。

●今日の映画代、1300円。TCGメンバーズカードの会員料金にて。