映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「夜明けの祈り」

「夜明けの祈り」
ヒューマントラストシネマ有楽町にて。2017年8月5日(日)午後12時55分より鑑賞(スクリーン1/D-11)。

昨年秋まで放送されていたBS-TBSの番組で、全国の医師を取材して台本を書いていたのだが、その時に思ったのは本当に医者というのは大変な仕事だということである。まあ、取材したのが基本的に、地域医療に奮闘する立派なお医者さんだからということもあるのだが、それにしてもオレのようないい加減な人間には務まらないだろう。

映画「夜明けの祈り」(LES INNOCENTES)(2016年 フランス・ポーランド)は、第二次世界大戦直後のポーランドで、悲劇に見舞われた修道女たちを救ったフランス人女医を描いた実話を基にしたドラマである。彼女もまた、大変な困難に立ち向かいながら、目の前の患者を救おうと奮闘する。

映画は1945年12月のポーランド修道院の場面からスタートする。祈りを捧げ聖歌を歌う修道女たち。しかし、その時、何やら悲鳴のようなものが聞こえてくる。いったい何が起きているのか。

まもなく、その中の一人の修道女が修道院を抜け出して、フランス赤十字の施設を訪れる。そこにいたのは女医のマチルド(ルー・ドゥ・ラージュ)。修道女は彼女に「大変なことが起きているので来て欲しい」と助けを求める。だが、マチルドは「ここはフランス人を診るところなので、ポーランド赤十字を訪ねなさい」と断る。

その後、マチルドは手術の助手を務め、それが終わると何気なく窓の外を見る。すると、あの修道女が雪の中で一心に祈っているではないか。放っておけなくなったマチルドは、彼女に連れられて遠く離れた修道院に向かう。

マチルドが修道院に着くと、そこにいたのは大きいお腹を抱えて苦しむ女性だ。マチルドは帝王切開で出産させる。生まれた赤ん坊は、修道院の院長がすぐに連れ去ってしまう。

実は、この修道院には戦争末期にソ連兵が侵入し、修道女たちを暴行したのだ。それによって7人の修道女が妊娠していた。彼女たちを見捨てることができないマチルドは、職場や恋人の同僚医師にも内緒で修道院に通い、彼女たちを診察し続ける。

素材的にはマチルドの偉人伝になりそうだが、「ココ・アヴァン・シャネル」で知られる女性監督のアンヌ・フォンテーヌは、そんな単純な描き方はしない。マチルドの職務への情熱や若さゆえの熱い思いとともに、戸惑いや苦悩もきちんと描き出す。恋人の同僚医師との関係なども、そこに絡ませていく。

そして、何よりもじっくりと描かれるのが修道女たちの心理である。彼女たちにとって純潔は神に捧げるものだが、それがねじ曲げられてしまったわけだ。そんな残酷な現実と信仰の狭間で悩み苦しむ修道女たちの姿を通して、信仰という難しい問題にも切り込んでいる。

自らもソ連兵に襲われそうになるなど、危険な目に遭いつつも修道院通いをやめないマチルドの献身的な活動は、修道女たちの心を少しずつ溶かしていく。そこから信仰の奥に隠された修道女たちの本音も見えてくる。

修道女たちをステレオタイプに描かずに、一人ひとりの個性を際立たせているのもこの映画の特徴だ。先ほど「彼女たちはソ連兵に暴行された」と書いたが、ある修道女は「彼は私を守ってくれた婚約者だ」と信頼を口にする。また、修道院に来る前には恋人がいたという修道女なども登場する。

一方、修道院の院長は、一連の事実が露見して修道院が閉鎖されては困ると、事実をひた隠しにする。信仰の名のもとに自らを正当化し、頑迷で恐ろしい道に足を踏み入れる。

そうした様々な人物模様を紡ぎつつ、ドラマは終盤を迎える。そこで明らかになるのは衝撃的な出来事だ。次々に出産する修道女たち。それを全力で手助けするマチルド。マチルドの恋人の医師もそれをサポートする。

ところが、そこである隠されたが事実が発覚し、それに起因して大きな悲劇が起きる。それを経て、マチルドとある修道女は大きな賭けに出る。このあたりはネタバレになるので詳しい内容は伏せるが、修道院に新たな未来と希望をもたらす展開だ。

そして、この終盤の一件を通して、フォンテーヌ監督の意図が明確になる。人を不幸にするような頑なな信仰や体面などよりも、もっと大切なものがあるはずだ。そう、人の命こそが最も重い存在であり、それに代わるものはない。それこそが監督たち作り手の伝えたかったことではないだろうか。そういう意味で、ある種の生命賛歌と呼べる映画かもしれない。

この映画の映像の素晴らしさも必見だ。こちらも女性の撮影監督カロリーヌ・シャンプティエによる映像は、まるで絵画のような美しさである。特に修道院のシーンにおける光の使い方が印象的だ。頑なな信仰心が現れるようなシーンを暗めに描きつつ、生命誕生の瞬間やラストの新生を果たした修道院のシーンなどは、光に満ちた明るい映像を映し出す。その巧みな変化が見事だ。

主演のルー・ドゥ・ラージュの力強い演技も見ものである。まだ20代の若手女優だが、なかなか繊細な演技力の持ち主で、今後が楽しみな存在だ。

戦争の悲劇を描いているだけに、悲しみや苦しさにも満ちた映画だが、ぜひ敬遠することなく観てほしい。信仰や戦争をはじめ様々なテーマに迫りつつ、最後には必ず明るい光が差し込むのだから。

●今日の映画代、1300円。TCGメンバーズカードの会員料金で鑑賞。