映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「彼女の人生は間違いじゃない」

「彼女の人生は間違いじゃない」
新宿武蔵野館にて。2017年8月14日(月)午後2時55分より鑑賞(スクリーン3/B-4)。

2011年の東日本大震災から6年以上が経過した。時間の経過とともに危惧されるのは、やはり「風化」だろう。特に都会に住む人々にとって、ともすれば震災は記憶の彼方に消えていきそうな出来事かもしれない(かくいうオレにも確実にその傾向がある)。だが、けっして風化などさせてはいけない。被災地では震災の傷跡は今も大きく残っているのだから。

そんなことを考えさせられた映画が「彼女の人生は間違いじゃない」(2017年 日本)である。監督は廣木隆一。廣木監督といえば、メジャー映画からインディーズ映画、さらにはテレビドラマまで様々な作品を手がけているが、やはりその個性が強く出るのは「ヴァイブレータ」「さよなら歌舞伎町」などのインディーズ系の作品だろう。本作は、故郷・福島を舞台に書き下ろした処女小説の映画化(脚本は加藤正人)。それだけに、なおさら作家性の強い作品に仕上がっている。

当然ながら、このドラマの背景には東日本大震災がある。主人公のみゆき(瀧内公美)は震災の津波で母を亡くし、今は仮設住宅で父の修(光石研)と2人で暮らしている。平日は市役所に勤務するみゆきだが、週末になると「英会話教室に行く」と修に嘘をついて、高速バスに乗って東京に出て、デリヘル嬢として働いている。

というわけで、彼女を主人公にしたドラマではあるものの、それ以外の人物のドラマも重要な位置を占めている。妻を亡くした修は、土壌汚染で農業ができず、酒を飲み補償金をパチンコにつぎ込む毎日だ。みゆきに「仕事を探したら!」となじられても、何もできずにいる。

また、みゆきの同僚の新田(柄本時生)は、母が宗教にはまるなどして家に両親がよりつかず、幼い弟の面倒を見ながら暮らしている。そんな中で、被災地の現状を卒論にしたいという東京の女子大生の取材を受けるが、当時の状況についてのあまりにもストレートな質問に言葉を詰まらせてしまう。

それ以外にも、もがき苦しみながら暮らす福島の人々の様々なエピソードが登場する。みゆきたちの仮設住宅の隣人で、原発で除染作業をする多忙な夫を持つ妻が精神を病むエピソード。被災者にうまく取り入って高額の壺を売りつけようとする男のエピソード。ガンで死期が迫る妻のために墓を用意してやろうとする老人のエピソード等々だ。

そうした人物たちの繊細に揺れ動く心情を、廣木作品ではおなじみの手持ちカメラによる長回しの映像などで、リアルに、そして静かに切り取っていく。彼らを見ているうちに、あの日に被災者がいかに多くのものを失い、すべての日常が一変し、今もその傷がほとんど癒えていないことを再認識し、慄然とさせられるのである。

彼らが抱えた喪失感は、みゆきの行動にも反映している。なぜ彼女がデリヘルで働いているのか、明確な理由は明かされないのだが、それでも大きな喪失感を抱えたまま、自らの心身を傷つけることでしか癒されない彼女の悲しみが、そこかしこからにじみ出てくるのだ。

実際に福島で撮影したらしい被災地のショットの数々も、胸にグサリと突き刺さる。特に修が亡き妻の服を取りに、立ち入り禁止区域に入った際の映像は衝撃的だ。震災前の生活がフリーズしたまま朽ち果てたような街の風景を通して、あらためてあの震災の重さを感じさせられた。

同時に、みゆきが福島と東京を行き来する設定によって、被災地と東京の温度差にも気づかされる。寒々とした被災地の映像と、華やかな東京・渋谷の映像の対比が、心に苦いものを残していく。

とはいえ、この映画のタイトルは「彼女の人生は間違いじゃない」という肯定的なもの。はたして、被災者たちに救いはあるのか。

安直なハッピーエンドなどは訪れない。だが、ほんの少しだけ変化がもたらされる。みゆきは、元カレの山本(篠原篤)との再会や、デリヘルの用心棒の三浦(高良健吾)との触れ合いの中で、様々な感情が沸き上がり、少しずつ変化していく。そこには痛切な思いもあるのだが、それもまた彼女を少しだけ前進させる。

また、新田は被災地を撮影する女性の写真を使って、写真展を催して、市民たちを集める。弟との絆も再確認する。

そして、修もまた明確ではないものの、少しずつ前を向いていきそうな予感を残す。

温かなラストシーンが心に残る。子犬を抱く修、ごく普通に朝ごはんの支度をするみゆき。光に包まれた彼らを見ているうちに、「彼女の人生は間違いじゃない」「いつかは傷が癒えるかもしれない」。そう思わせられるのである。

震災という難しいテーマに真正面から向き合った役者たちの演技も見事だ。修役の光石研はさすがの演技だし、高良健吾柄本時生、篠原篤などの存在感も素晴らしい。その中でも、最も鮮烈だったのは、みゆき役の瀧内公美だろう。これまでに「グレイトフルデッド」「日本で一番悪い奴ら」などに出演していたようだが、今回の繊細な演技で一気に注目されそうである。

正直なところやや詰め込みすぎの感もある映画だが、それだけ作り手の思いが強かったということだろう。震災から6年が過ぎてこういう映画が作られたことには大きな意味があると思うし、これからも作られねばならないのだと、観終わって実感した次第である。

●今日の映画代、1400円。チケットポート新宿店で鑑賞券を購入。