映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「50年後のボクたちは」

「50年後のボクたちは」
ヒューマントラストシネマ有楽町にて。2017年9月22日(金)午後2時50分より鑑賞(スクリーン1/D-12)。

日常に息苦しさを感じているのなら、とりあえず一度その場所から飛び出してみればいい。そんなことを思わせてくれる映画が、「50年後のボクたちは」(TSCHICK)(2016年 ドイツ)だ。

ドイツの青春ロードムービーである。原作はドイツでベストセラーになったヴォルフガング・ヘルンドルフの児童文学(日本でも『14歳、ぼくらの疾走』というタイトルで出版されているようだ)。それを「ソウル・キッチン」のファティ・アキン監督が映画化した。

主人公の男の子14歳のマイク(トリスタン・ゲーベル)は、不器用で臆病で、同級生から変人扱いされている。おまけに母はアル中。父親は不動産関係の仕事をしていて一見金持ち風だが、実はそうでもないようだ。まあ、何にしてもマイクは、学校でも家庭でも居心地が悪い生活を送っていたのだ。

そんなある日、クラスにロシアからチック(アナンド・バトビレグ)という転校生がやってくる。チックは刈り上げた髪型からして、不良を絵にかいたような少年(ロシア・マフィアの息子だという噂もあり)。長髪で線の細いマイクとは好対照だ。このコントラストがとても効いている。マイクにとってチックは苦手なタイプで、なるべく関わらないようにする。

まもなくマイクにとって衝撃の出来事が起きる。彼はクラスの美少女タチアナが好きで、誕生パーティーでプレゼントしようと彼女の肖像画を描いていた。ところが、クラスの中で彼とチックにだけは招待状が来なかった。それだけ彼らは浮いた存在だったわけだ。

夏休みになって、マイクの母はアル中の治療のため保養施設に行くことになる。一方、若い女と浮気中の父親は、出張と称してその女とどこかへ出かけてしまう(2人が出ていく時にマイクが銃で撃ち殺す妄想が面白い)。

こうして、ひとりぼっちになったマイク。そこにズカズカとやってきたのがチックだ。チックはマイクをドライブに誘う。2人は、無断借用したオンボロ車に乗り、チックの祖父が住むという“ワラキア”という場所を目指して旅に出る。

このヤンチャで冒険に満ちた旅での出来事の数々を、ファティ・アキン監督が瑞々しく描き出す。畑の中を車で走り回ったり、風力発電の風車の下で野宿したり、謎の母と子供たち(2人よりはるかに賢い)に食事をごちそうになったり。なにせ盗難車&無免許での旅だけに、警察に追われて逃げ惑う場面もある。

そうした数々の波乱を通して、マイクは少しずつ積極的になり、成長していくのである。

そんな中で、マイクにとって最も大きかったのが、ゴミの山での少女イザ(メルセデスミュラー)との出会いだろう。汚い服を着て、ボサボサの髪をして、2人に悪態をつきまくるイザ。「プラハの姉のところに行きたい」というのだが、どう見てもワケありだ。しかし、そのワケについて詳しく描かれることはない。

その代わり、3人で湖に入ってはしゃぐシーンと、その後のマイクとイザとの親密なシーンを通して、性的な目覚めも含めて、マイクの成長を描き出す。

その後には、チックのある秘密もさりげなく明かされる。こちらも、それを深く追求することはない。この絶妙なさりげなさも、このドラマにふさわしいタッチだと思う。

全編にユーモアが散りばめられているのも、この映画の特徴だ。特に個人的に気に入ったのが、車の中でいつもかかっているリチャード・クレイダーマンの音楽。いかにもマイクが好きそうな曲なのだが、これが実に緩い感じで、いい味を出している。

まさにマイクにとって、絶対に忘れられない一生の宝物になった旅だが、やがて終わりが訪れる。冒頭でもチラリと出てくるのだが、大変な出来事が起きてマイクは家に戻る。

ラストは、タチアナへの態度の変化を通してマイクの成長を強く印象づけるとともに、タイトルにある「50年後」がキーワードになったある「約束」を示して余韻を残す。マイクは、そしてチックとイザは、50年後にどんな人間になっているのだろうか。

原作が児童文学ということで、主人公たちと同年代の子供たちにアピールするのは間違いないだろう。だが、同時にかつて少年少女だった大人たちの心にも響きそうな映画だ。観ているうちに、かつての自分を思い起こす観客も多いのではないだろうか。オレも何やらノスタルジックで温かな心持ちになったのである。

●今日の映画代、1000円。TCGメンバーズカードの会員料金。

◆「50年後のボクたちは」(TSCHICK)
(2016年 ドイツ)(上映時間1時間33分)
監督:ファティ・アキン
出演:トリスタン・ゲーベル、アナンド・バトビレグ、メルセデスミュラー、ウーヴェ・ボーム、アニャ・シュナイダー、ウド・ザメル、アレクサンダー・シェーア、マルク・ホーゼマン、フリーデリッケ・ケンプター
*ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿シネマカリテほかにて公開。全国順次公開
ホームページ http://www.bitters.co.jp/50nengo/