映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「わたしたち」

わたしたち
YEBISU GARDEN CINEMAにて。2017年9月23日(土)午後12時45分より鑑賞(スクリーン1/E-08)。

子供の頃に学校で手ひどいイジメを受けた記憶はない。それでもクラスのイジメっ子に嫌がらせをされたり、逆に自分が嫌いな子につい意地悪をしたことはあったと思う。それはオレだけでなく、ほとんどの大人がかつて経験したことではないだろうか。

そんな子供時代の記憶を想起させるのが韓国映画わたしたち」(THE WORLD OF US)(2015年 韓国)である。「オアシス」「シークレット・サンシャイン」などで知られる名匠イ・チャンドン監督が企画段階から関わり、新鋭女性監督のユン・ガウンが自身の経験をもとに描いた映画だ。

小学生の2人の少女の友情と裏切りのドラマである。冒頭のシーンを観ただけで、すっかり心をつかまれてしまった。学校でドッジボールをするための組み分けをしているのだが、主人公の10歳の女の子ソン(チェ・スイン)の表情だけをずっとアップで追い続けるのだ。

彼女の表情は少しずつ変化する。あどけない期待の笑みに続いて不安が浮かび、そして失意の表情を見せる。どうやらソンはクラスで仲間外れにされているらしい。ドッジボールでも言いがかりをつけられてコートの外に出される。その間の彼女の揺れ動く心理がリアルに伝わってきて、目が離せなくなってしまうのである。

その後、終業式の日に1人で教室にいたソンは、転校生のジア(ソン・ヘイン)と出会う。2人はすぐに親しくなり、夏休みに互いの家を行き来するようになる。

カメラはソンと同様に、ジアの表情もきっちりと映し出す。2人が友情を紡いでいく中で、それぞれの心のキラキラした輝きをスクリーンに刻み付ける。その生き生きとした描写を観ているうちに、こちらも微笑ましい気持ちになってくる。

2人が仲良くなる経緯に不自然さがないのは、それぞれの家庭環境を的確に織り込んでいるからだ。ソンの家は余裕がなく、両親ともに朝から晩まで働いている。そのためソンは幼い弟の世話をしている。父と病床にある祖父との確執も、ソンの家庭に影を落としている。

ジアの家庭は両親が離婚して祖母と暮らしている。父には若い再婚相手がいて、母とはあまり会っていない。その母は、仕事でイギリスにいるという。それぞれに複雑な家庭環境を抱えた2人が、親しくなるのは当然の成り行きだろう。

だが、そんな2人には大きな違いもある。ジアは経済的には恵まれていて塾通いをしている。だが、ソンの家庭にはそんな余裕はない。携帯電話も持たせてもらえない。ソンにとって、それが悔しくてたまらない。

その一方で、両親の愛に恵まれていないジアに対して、ソンは親の大きな愛情を受けている。彼女の母は貧乏でも、ソンに対して、時には優しく、時には厳しく接し、彼女を大きな愛で包み込む。ジアはそれを嫉妬する。

そんな環境の違いを背景に、新学期に波乱が起きる。ソンがいつものようにジアに話しかけるが、彼女はなぜかよそよそしい。2人のクラスには、成績優秀で人気者のボラ(イ・ソヨン)を中心としたグループが君臨していた。いわゆるスクールカーストというやつだ。そして、塾通いでボラと親しくなったジアは、ソンに冷たくあたるようになったのだ。

ジアに突然冷たくされるようになったソンの気持ちもリアルに描写される。あまりのリアルさに息苦しくなるほどだ。ここでも長ったらしいセリフは一切なく、ソンの表情を通して彼女の驚き、戸惑い、失意をあぶりだす。それとともに、行きがかり上いじめる側に回ってしまったジアの葛藤や、困惑も彼女の表情によって示していく。

何度も言うが、2人の少女の揺れ動く心理を、その表情から繊細に描き出した演出が圧巻だ。当然ながら、チェ・スイン、ソン・ヘインという2人の少女の演技は、映画初出演とは思えないほどの才能にあふれている。しかし、それを引き出すのはやはり監督の力。ガウン監督の力量に感服するしかない。

この映画に対して、是枝裕和監督が絶賛のコメントを出しているが、子供たちの自然な演技を引き出した点で、是枝監督の「誰も知らない」に共通するところがあると感じた。ガウン監督は、子供たちに台本を渡さずに撮影する手法も使ったらしいが、確か是枝監督も同じ手法を使っていたと記憶している。

ドラマの中に、手作りのブレスレット、色鉛筆、マニキュアなどのアイテムを効果的に入れ込んでいく手際も鮮やかである。

終盤、ソンはジアとの関係を回復しようとする。だが、些細なことからジアの秘密をばらしてしまい、それがまた思わぬ事態を招いてしまう。子供とはなんと瑞々しく、そして残酷な存在なのだろうか。

さて、そんな波乱のドラマの結末だが、お手軽な2人の手打ちなどはない。だが、そんなものより、はるかに心をとらえて離さないラストシーンが用意されている。祖父の死、弟のある言葉を伏線にしたそのシーンは、冒頭と同じドッジボールのシーンだ。

そこでのソンの行動が胸を打つ。「わたしたち」というタイトルが大きな意味を持つシーンだ。ソンとジア、2人のそれぞれの最後の微妙な表情は、観客に多くのことを考えさせるに違いない。2人のその後について思いを馳せずにはいられない。

観終わって、自分がソンやジアの年頃だった時のことを想起してしまった。おそらく多くの観客がそうではないだろうか。素晴らしい作品である。

●今日の映画代、1500円。ユナイテッド・シネマの会員料金。

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◆『わたしたち』(THE WORLD OF US)
(2015年 韓国)(上映時間1時間34分)
監督・脚本:ユン・ガウン
出演:チェ・スイン、ソン・ヘイン、イ・ソヨン、カン・ミンジュン、チャン・ヘジン
*YEBISU GARDEN CINEMAほかにて公開中。全国順次公開予定
ホームページ http://watashitachi-movie.com/