映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「ドリーム」

「ドリーム」
ユナイテッド・シネマとしまえんにて。2017年9月30日(土)午後1時25分より鑑賞(スクリーン9/F-12)。

人種差別と闘う黒人を描いたドラマはたくさんある。ただし、その味付けは様々だ。1960年代初頭のアメリカの3人の黒人女性を描いた「ドリーム」(HIDDEN FIGURES)(2016年 アメリカ)がユニークなのは、宇宙開発で活躍する黒人女性という設定の意外さにある。といっても絵空事の話ではない。実話をベースにしたドラマである。

最初に登場するのは、天才的な数学の才能を持つ黒人の少女キャサリンが、飛び級で高校に進学するエピソード。ただし、その際に「黒人が通える高校の中では最高」といったセリフが飛び出す。当時の黒人は差別され、白人と明確に区別されていたことがさりげなく伝わる仕掛けだ。

続いて舞台は1961年へ。登場するのは、成長して社会人となったキャサリン(タラジ・P・ヘンソン)だ。同僚のドロシー(オクタヴィア・スペンサー)、メアリー(ジャネール・モネイ)とともに出勤する途中で車が故障し、そこに警察官がやってくる。警察官は彼女たちを白い目で見る。ここでも人種差別の根深さがわかる。

だが、秀逸なのは次のシーンだ。彼女たちは警察官の先導で車を飛ばし、勤務先へと嬉々として向かうのである。何と痛快なシーンだろう! どんな苦難にもめげずに、明るく、お茶目に前進する彼女たちの姿がここに象徴されている。この映画には、そんな胸のすく場面がたくさん登場する。

キャサリンたちが勤務するのはあのNASAだ。1960年代初頭にアメリカとソ連は激しい宇宙開発競争を繰り広げていた。アメリカはソ連に後れをとり、必死で巻き返そうとしていた。その役割を担うのがNASAだった。

実は、バージニア州ハンプトンにあるNASAのラングレー研究所には、ロケット打ち上げに必要な計算を行う黒人女性たちによる“西計算グループ”という部署があった。キャサリン、ドロシー、メアリーはそのメンバーだったのだ。

そんな中、キャサリンは実力が認められて、宇宙特別研究本部の計算係に配属される。天にも昇る心地でオフィスに入るキャサリン。ところが、周りは白人男性ばかり。キャサリンを見た彼らの視線が印象的だ。「なんだ?コイツ。黒人の女が何しに来た?」。そんな冷たい視線ばかりなのである。

それだけではない。当時は黒人と白人はすべて別々。キャサリンは800メートルも離れた場所にある有色人種用トイレに通うハメになる。コーヒーも白人とは別のものを用意される。

そんな差別を受けながらも膨大な仕事をこなし、米国の威信をかけた有人宇宙飛行計画「マーキュリー計画」に貢献するキャサリン。その仕事ぶりは、宇宙特別研究本部を率いるハリソン(ケビン・コスナー)にも評価される。

それでもどうしても耐えられなくなったキャサリンが、ハリソンに自らの窮状を訴える心の叫びが胸を打つ。彼女は何度も困難に直面するが、そのたびにバイタリティに満ちた行動でぶち当たり壁を乗り越える。その姿にワクワクさせられて、痛快な気分が味わえるのである。

ちなみに、ハリソンを演じるケヴィン・コスナーが儲け役だ。ハリソンは単に仕事熱心なだけなのだが、それゆえ黒人差別解消に一役買う。彼がトイレの看板をぶっ壊すシーンには、誰もが拍手を送りたくなるはずだ。

バイタリティにあふれているのはキャサリンだけではない。ドロシーは管理職昇進を願っていたが、黒人ゆえに希望がかなわない。しかし、もうすぐIBMのコンピュータが導入されると知った彼女は、それを利用して自らはもちろん仲間の面々のためにも戦うのだ。

一方、エンジニアを目指すメアリーも黒人ゆえにその道を閉ざされる。だが、彼女もまた自らの力で、不可能を可能にしようとする。正当な権利を求めて、裁判所で白人判事を前に、力強くそしてユーモアたっぷりに訴えるシーンが心に残る。

それにしても何とも盛りだくさんの映画である。キャサリンたち3人の女性のサクセスストーリーに加え、人種差別批判の社会派ドラマの要素もある。キャサリンが夫と死別して3人の娘を育てるシングルマザーだということで、彼女のロマンスも描かれる。普通は、これだけ内容を詰め込めば窮屈な感じがするものだが、それがまったくないのが素晴らしい。

ドラマの背景となる宇宙開発や人種差別に関する経緯も、ニュースフィルムなども織り込みつつ、テンポよく簡潔にまとめている。だから、そのあたりの予備知識がなくても、十分に楽しめるはずだ。

セオドア・メルフィ監督は、ビル・マーレイ演じる不良老人といじめられっ子の少年との友情を描いた「ヴィンセントが教えてくれたこと」に続いて、今回も手際のよい仕事ぶりが光る。

終盤のクライマックスは二度ある。どちらも宇宙開発のハイライトとリンクしたスリリングな場面だ。しかも、二度目のクライマックスでは、一度はコンピュータに追われて職場を去ったキャサリンの復活劇を演出して、「コンピータが発展しても人間の能力は不要にならない」という文明論まで展開しているのだ。

こうしてキャサリンも、ドロシーも、メアリーも努力が報われる。いやいや、出来すぎた話などと言ってはいけない。ラストには、実際の彼女たちのその後の人生が写真とともに告げられる。まさに「努力すれば夢はかなう」という素朴なメッセージが伝わってくるではないか。

こんなにたくさんの要素を詰め込んで、みんなを楽しませ、共感させ、感動させるのだから見事なものだ。アメリカで予想以上のヒットとなり、アカデミー賞で作品賞、脚色賞、助演女優賞にノミネートされたというのも当然だろう。むしろ受賞がなかったのが不思議なぐらいだ。それほど完成度の高いエンターティメント映画だと思う。

●今日の映画代、0円。ユナイテッド・シネマのポイントが6ポイント貯まったので無料で鑑賞。

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◆「ドリーム」(HIDDEN FIGURES)
(2016年 アメリカ)(上映時間2時間7分)
監督:セオドア・メルフィ
出演:タラジ・P・ヘンソン、オクタヴィア・スペンサージャネール・モネイケヴィン・コスナーキルステン・ダンスト、ポール・スタフォード、マハーシャラ・アリ、オルディス・ホッジ、グレン・パウエル、キンバリー・クイン
*TOHOシネマズシャンテほかにて全国公開中
ホームページ http://dreammovie.jp/