映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「ブルーム・オブ・イエスタディ」

ブルーム・オブ・イエスタディ
Bunkamura ル・シネマ1にて。2017年10月4日(水)午後1時5分より鑑賞(D-7)。

ほぼ毎年東京国際映画祭に足を運んでいる。1日に何本も上映作品をハシゴすることも珍しくない。といっても、自腹を切っているわけではなく、所属している作家団体のご厚意で関係者パスをもらっているからできる芸当なのだが。

その中でもコンペティション部門の作品はできるだけ観るようにしているが、さすがに全部は観られない。すると、なぜか不思議なことに、見逃した映画がその年のグランプリを受賞するケースが多い。まったく間の悪いヤツである。

というわけで、昨年の第29回東京国際映画祭で最高賞の東京グランプリおよびWOWOW賞を受賞した「ブルーム・オブ・イエスタディ」(DIE BLUMEN VON GESTERN)(2016年 ドイツ・オーストラリア)も見事に見逃したのだが、このほど一般公開されたので鑑賞してきた。1年越しの仇討ちみたいなものか!?

ナチス親衛隊の大佐を祖父に持つ中年男と、祖母がナチスの犠牲者である若い女との屈折しまくりのラブストーリーである。

ナチス親衛隊の大佐を祖父に持つトト(ラース・アイディンガー)は、その罪と向き合うためにホロコースト研究者として活動していた。だが、勤務する研究所で2年も準備に費やした「アウシュヴィッツ会議」のリーダーを外されてしまう。

冒頭では、トトが新たなリーダーの方針に納得できずにブチ切れ、悪態をつき、ボコボコにしてしまう。それだけで、彼が精神的に不安定な状態にあることがわかる。しかも、彼がブチ切れている目の前で、その研究所の責任者の教授が急死してしまったのである。

トトがそんな不安定な状態に置かれている背景には、やはり祖父の存在がある。忌まわしい一族の罪をぬぐうために、ホロコースト研究に没頭するトトだが、そこには様々な困難が伴う。それが原因なのかはともかく、彼はインポテンツで、妻が他の男と関係を持つことを公認しているのだ。

そんな中、研究所に若い女性のザジ(アデル・エネル)がフランスから研究生としてやってくる。彼女の祖母はナチスの犠牲者のユダヤ人だという。そして、このザジも最初からトトに悪態をつくなど、精神的にかなりイカレている。

その背景には、やはり祖母の存在がある。トトが迎えに来た車が、かつて祖母を殺害されたトラックと同じメーカーのものだと聞いて激高するザジ。その後、トトの車に同乗した時には、突然ブチ切れて彼が連れていた犬を窓から放り投げてしまう。それほど感情の浮き沈みが激しいのである(おまけに彼女はトトが嫌う研究所のリーダーと不倫までしている)。

ホロコーストの被害者と加害者という正反対の過去を背負うと同時に、その過去の呪縛にとらわれて精神的に危険な状態にあるという共通点を持つトトとザジ。そんな2人はアウシュヴィッツ会議の成功のために、その鍵を握るホロコースト体験者の老女優の参加を促すために奔走する。

その間は衝突の連続だ。それを通して、ホロコーストがいかに重大で、今もその傷が癒えていないことが強く印象づけられる。

ただし、そうしたドラマを重苦しく描くわけではない。あまりにもエキセントリックな2人の言動などで、毒気の強い笑いを振りまいている。先ほど述べたザジが犬をぶん投げるシーンなどは、その代表例だ。ザジが実は柔術の使い手で、鮮やかな技を披露した後で、「柔術なら収容所で使えるから」などと言うシーンもある。

こういう毒気の強い笑いは、人によっては素直に笑えないかもしれない。そのぐらいブラックすぎる笑いの連続だ。それでも、従来のいわゆる「ホロコースト映画」とは違う映画を撮りたいというクリス・クラウス監督の意志はよく伝わってくる。

そして、この映画が最も評価された点は、ただの風変わりなラブストーリーに終わっていない点だろう。トトとザジは衝突しながらも、少しずつ距離を縮めていく。ところが、実はトトの祖父とザジの祖母に関して重大な秘密が明らかになる。それでも、ついに2人は関係を持ってしまう。トトはザジによってインポテンツを克服したのだ。

この一件を通して、「加害者と被害者が過去を乗り越えるにはどうすればいいのか?」「それは両者が過去の歴史を共有するところからしか始まらないのではないか?」という明確なテーマが浮上してくるのである。

まあ、それをインポの克服というところに落とし込んでいるのが、いかにもこの映画らしいわけだが。

しかし、ドラマはそこで終わらない。なんとトト自身の過去に関しても大きな秘密が明らかになる。それを知ったザジは大きな決意をする……。

欲を言えば、ここでドラマは終焉を迎えるほうがよかったのではないだろうか。その後に2人の後日談が描かれるのだが、はっきり言って、この手のラブストーリーにありがちな展開で、あまり必要のないシーンだと思う。

それでも、エンドロールに登場する主演俳優ラース・アイディンガーのお茶らけた撮影風景といい、ありがちなホロコースト映画にはしたくないというクラウス監督の意志は、最後まで徹底しているのだ。

ちなみに、ザジを演じたアデル・エネル。どこかで見たことがあると思ったら、ダルデンヌ兄弟の「午後8時の訪問者」の若い女医さんだったのね。

次々に登場するホロコースト映画の中でも、かなり異色の作品である。ラブストーリーとはいえアクが強いので、好みは分かれそうだが、一見の価値はあるだろう。

さて、今年も東京国際映画祭の季節がやってくる。今年こそはグランプリ作品を見逃さないようにしたいと思うのだが、はたしてどうなりますやら。

●今日の映画代、1500円。鑑賞前にチケットポート渋谷店で鑑賞券を購入。

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◆「ブルーム・オブ・イエスタディ」(DIE BLUMEN VON GESTERN)
(2016年 ドイツ・オーストラリア)(上映時間2時間6分)
監督・脚本:クリス・クラウス
出演:ラース・アイディンガー、アデル・エネル、ヤン・ヨーゼフ・リーファース、ハンナー・ヘルツシュプルンク、ジークリット・マルクァルト、ビビアーネ・ツェラー、ロルフ・ホッペ、イファ・ルーバオ、ハンス=ヨヘン・ヴァークナー
Bunkamura ル・シネマほかにて公開中。全国順次公開予定
ホームページ http://bloom-of-yesterday.com/