映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「ひかりのたび」

「ひかりのたび」
新宿K's cinemaにて。2017年10月5日(木)午後12時35分より鑑賞(自由席/整理番号5番)

「故郷はどこか?」と尋ねられれば、18歳まで育った福島県会津若松市の名を挙げる。だが、はるか昔に実家はなくなり、地元の親せきや知人との交流も一切ない。今現地を訪れても、ただの旅行者とさして変わらないだろう。はたして、そこはオレにとって本当の故郷なのだろうか?

映画「ひかりのたび」(2017年 日本)の主人公の女子高生にも、故郷と呼べるものはないらしい。それが彼女の考え方や行動の背景となっているようだ。

さびれゆく地方都市を舞台にした父と娘の葛藤を、モノクロ映像で描いた作品である。妻と離婚後、男手一つで娘の奈々(志田彩良)を育ててきた植田(高川裕也)。2人は4年前に今の町に越してきた。町はご多分に漏れず人口減少が続く地方都市。そんな中、不動産業を営む植田は、町の土地を買い占めて外国人に売却していた。そのため、地元では彼を快く思わない者も多かった。

一方、父の仕事の関係で転校続きだった高校3年生の奈々。最も長く住んでいるこの町に愛着を感じ、この町で働きたいと思っていた。

とりたてて大きなことが起きるドラマではない。植田は淡々と仕事をこなす。彼の仕事はいわゆる地上げ屋だが、いかにも悪徳ブローカーのような風体をしているわけではない。冷静沈着、交渉相手からどんなに激しい言葉を投げつけられても表情を変えない。そして、相手の面倒を何かと見ようとする。もちろん、それはただの親切心からではなく前提にビジネスがあるわけだから、相手は素直に好意を受け取らない。しかし、それも織り込み済みで植田は行動する。

そんな父のせいで、娘の奈々は迷惑をこうむっている。彼女が通学に使っている自転車が何度も壊される。どうやらそれは父を敵視する町の住人の仕業らしかった。だが、奈々はそれを父に報告するものの、激しく父を責めることもなければ、ことさらに父を遠ざけることもしない。もちろんベタベタな親子関係など存在しない。2人の間には常に微妙な空気が流れているのである。

2人はそれぞれ心に葛藤を抱えている。植田は割り切って自身の仕事をこなしており、そこにある種の喜び(お金の先にある何か)を見出してもいるようだ。同時に、それが娘に悪影響を与えていることに対して申し訳ない感情もある。だからこそ、早く仕事にケリをつけて、この町を出て行きたいと考えている。

奈々も、そんな父の思いはよく理解しているようだ。それでも、故郷と呼べるものが存在しない彼女にとって、この町に残ることが最善の道だという思いが強い。

すれ違う父娘の思いをモノクロ映像を通して描くのは、これが商業映画デビューだという澤田サンダー監督。絵本「幼なじみのバッキー」で岡本太郎現代芸術賞に入選するなど多彩な人物のようだ。本作でも、その才能の片鱗があちこちに見て取れる。不気味で何やら得体の知れない空気が漂う中、父娘だけでなく町に関わる様々な人々の心理もあぶりだし、現代社会を切り取っている。

父の植田を演じた高川裕也は、テレビ番組「カンブリア宮殿」のナレーションで知られる人物らしいが、その無表情さと額に刻まれた深いシワが、植田の内面をより重層的に見せている。

それに対して、娘の奈々を演じた志田彩良はファッション誌「ピチレモン」の専属モデルを務めたとのこと。ちょっと宮﨑あおいを思わせる顔立ちで、奈々の心の奥底にある暗い影をさりげなく見せていた。将来有望かもしれない。

元町長の三好(浜田晃)、父が死んで空き家となった実家の片づけに訪れた優子(瑛蓮)、彼女の幼なじみでワケありらしい道子(山田真歩)などが絡んで、ドラマは終盤を迎える。

植田は、この町に残りたいという奈々を翻意させようとするが、彼女の気持ちが変わることはなかった。そこで、植田は娘のために3年前のある衝撃的な出来事を告白する。

ラストには、この映画で唯一、植田と奈々が笑顔を交わす場面がある。それは親子の心の通いあいというよりは、むしろ親子の別れと奈々の自立を物語るものだろう。それはけっして不幸なことではないとオレは思う。

地方の疲弊、外国人による土地買い占めなどの現実の社会問題を背景に、父と娘の葛藤がリアルに描かれたドラマだ。善意と悪意の狭間を行くような植田の行動をはじめ、都会と地方、本音と建て前、理性と感情、お金と人間性など、価値観を揺さぶる様々な対立概念を内包しているドラマでもある。地味だが、なかなか観応えがある作品だ。

●今日の映画代、1500円。鑑賞前にチケットポート新宿店で鑑賞券を購入。

f:id:cinemaking:20171007112957j:plain

◆『ひかりのたび』
(2017年 日本)(上映時間1時間31分)
監督・脚本:澤田サンダー
出演:志田彩良高川裕也、瑛蓮、杉山ひこひこ、萩原利久、鳴神綾香、山田真歩、浜田晃
*新宿K's cinemaほかにて公開中。全国順次公開予定
ホームページ http://hikarinotabi.com/