映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「愛を綴る女」

「愛を綴る女」
ヒューマントラストシネマ有楽町にて。2017年10月9日(月・祝)午後12時25分より鑑賞(スクリーン1/D-12)。

「私は絶対に不倫は致しません!」
「いやいや。キミの場合、嫁もおらんのだから不倫しようにもできないでしょ!」
と漫才みたいにツッコまれたオレである。これ、ホントの話。

まあ、正直なところ不倫なんてどうでもいいことだ。そんなものは当人たちの問題で、こちらには何の関係もない。

だからというわけでもないが、不倫をネタにした映画やドラマには、あまり興味が持てなかったりする。予告編を観て「どうせただの不倫映画でしょ」と思っていたフランス映画「愛を綴る女」を観に行ったのも、他に上映時間がピッタリの映画がなくて、会員料金で安く観られるという理由からである。

ミレーナ・アグスの小説『祖母の手帖』の映画化だ。ドラマの幕開けは謎めいている。タクシーに乗る両親と息子。息子はこれからピアノコンクールに出るらしい。ところが、タクシーが停止してたまたま住居表示を見た母親は急に慌てだし、突然タクシーを降りて「先に行って」と告げる。いったい、その場所に何があるのか。

そこから時間がさかのぼる。1950年代、南仏プロヴァンスの田舎町。美しい娘ガブリエル(マリオン・コティヤール)は、小説『嵐が丘』を読んで心をときめかせるなど情熱的な運命の愛を求めている。だが思いを寄せる地元の(『嵐が丘』を貸してくれた)教師に相手にされない。そこで彼女はブチ切れて突拍子もない行動に出る。

そうなのだ。彼女は精神的に不安定なところがあり、エキセントリックな振る舞いで周囲を困惑させ、両親(特に母親)から疎まれていたのだ。時々何かの発作が起きることもあって、病院にも連れていかれる。

そんな中、母親は、どうやらガブリエルに気があるらしいスペイン人労働者ジョゼ(アレックス・ブレンデミュール)に、娘と結婚してくれるように頼む。いわば厄介払いというわけだ。

そんな事情を知りつつも、母親から“結婚か、精神病院か”と迫られたこともあり、ガブリエルは不本意な結婚を受け入れる。ジョゼは無骨で正直者で戦争で苦労していたが、ガブリエルにとってはよく知らない男。だから彼女は、「あなたを絶対に愛さない」とジョゼに告げて結婚するのである。

新婚生活が始まっても2人の間に肉体関係はない。しかし、やがてジョゼが週末に娼婦を買っていたことから、ガブリエルは彼に金を払わせて体を許す。何という屈折した夫婦関係だろう。

やがてガブリエルは、流産をきっかけに腎臓結石の持病が発覚し、医師からアルプスの療養所で温泉治療を勧められる。乗り気でなかった彼女だが、ジョゼが高額な費用を工面するというので、仕方なく6週間の治療に出向く。そして、彼女はそこで運命的な出会いを果たすのである。

相手は、インドシナ戦争で負傷した若い帰還兵アンドレ・ソヴァージュ(ルイ・ガレル)。ジョゼとは対照的に、知的な雰囲気を漂わせ、しかも死の影に取りつかれている。そんなアンドレに、ガブリエルはどんどんのめり込んでいく。

ここまでは完全な不倫ドラマの趣なのだが、それを下世話な話にしていないのが主演のマリオン・コティヤールの演技だ。不安定な精神状態を背景に、純愛を貫きつつも、危うさやもろさをチラチラと見せるガブリエルを巧みに演じている。ほんの少しの表情の変化で彼女の心理を示すあたりは、さすがに「エディット・ピアフ~愛の讃歌~」でアカデミー主演女優賞を獲得しただけのことはある(「マリアンヌ」「サンドラの週末」なども素晴らしい演技だった)。おかげで陳腐な不倫ドラマが、説得力の恋愛ドラマに変身してしまうのだ。

女優としても活躍するニコール・ガルシア監督のていねいな演出も光る。特にアンドレがピアノで演奏するチャイコフスキーの「四季」の“舟歌”の使い方などが印象に残る。ガブリエルが、かつて「愛を与えて」と祈ったキリスト像に対して、アンドレと知り合ったことで感謝の言葉を述べるあたりも心憎いシーンである。

こうしてアンドレを運命の相手と確信し、激しい愛へと溺れていくガブリエル。そのハイライトは2人の濡れ場だ。ジョゼとの濡れ場がいかにも愛のないガサツものだったのに対して、こちらは愛に満ちた美しい映像が描かれる。その対比が面白い。

だが、やがて2人に退院の日が訪れる。「今は一緒にいられない。その日が来るまで手紙をやり取りしよう」というアンドレの言葉を信じて、ガブリエルは夫の元に戻っていくのだが……。

その後、ガブリエルとアンドレはどうなったのか。冒頭のシーンに戻って明らかにされる。冒頭のシーンの両親こそが、17年後のガブリエルとジョゼなのだ。そこからは意外な仕掛けが用意されている。実は、ジョゼはガブリエルとアンドレの関係に関して、ある秘密を持っていたのだ。それが、いかにも事実として描かれていたガブリエルの記憶までをも揺るがせるのである。

さて、そうした出来事を受けてガブリエルはどんな決断をするのか。そのあたりの詳細は伏せるが、鍵になるのはジョゼの「君に生きて欲しくて……」という言葉である。

最後まで観れば不倫ドラマが究極の愛のドラマに転化し、マジメではあるもののサエない男だったジョゼに対する印象が、まったく違って見えてくるのである。ジョゼを演じたアレックス・ブレンデミュールの抑制的な演技も味わいがある。

うーむ、ただの不倫ドラマなどと侮って申し訳ない。予想に反して、なかなか見応えのある作品だったのである。

●今日の映画代、1300円。TCGメンバーズカードの会員料金で鑑賞。

◆「愛を綴る女」(MAL DE PIERRES)
(2016年 フランス)(上映時間2時間)
出演:マリオン・コティヤール、ルイ・ガレル、アレックス・ブレンデミュール、ブリジット・ルアン、ヴィクトワール・デュボワ、アロイーズ・ソヴァージュ、ダニエル・パラ
新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ有楽町ほかにて全国公開中
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