映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「月と雷」

「月と雷」
テアトル新宿にて。2017年10月12日(木)午後1時30分より鑑賞(C-9)。

草刈民代といえば、日本を代表するバレリーナの1人として活躍し、1996年に「Shall we ダンス?」で映画初出演を果たし、その直後に同作の周防正行監督と結婚。2009年にバレリーナを引退したのちは、女優に転身して存在感のある演技を披露している。そんな彼女の素晴らしい演技が目撃できるのが映画「月と雷」(2016年 日本)である。

角田光代の小説を「海を感じる時」「花芯」の安藤尋監督が映画化した。ちなみに角田作品の映画化では、成島出監督の「八日目の蝉」(2011年)、吉田大八監督の「紙の月」(2014年)という見事な作品がある。

本作で最初に登場するのは、2人の幼い女の子と男の子だ。タンスの中に入ったりして無邪気に遊んでいる。ただし、部屋の中は乱雑に散らかっている。そして、縁側では1人の女がタバコを吸ってぼんやりと外を見ている。2人の子供は彼女にじゃれつくが、女は微動だにしない。

続いて、今度は女の子だけが映る。タンスから出てくると、そこには誰もいない。部屋もきれいに片付いている。女の子は外に飛び出して誰かを探す。その後、雨の中、女の子は1人の男に「もうあの人は戻ってこないの?」と問う。その男は「もう忘れなさい」と告げる。

そしてオープニングタイトルが映り、場面が変わる。登場するのはスーパーのレジで働く泰子(初音映莉子)。彼女は父が遺してくれた家に住み、職場の男性と結婚間近らしい。

まもなくスーパーから帰ろうとする泰子に、1人の青年が声をかける。智(高良健吾)というその青年は、20年前、母の直子(草刈民代)とともに家に転がり込んできて、半年間だけ一緒に暮らしていたのだった。そう。本作の最初に登場した幼い女の子と男の子は、20年前の泰子と智だったのである。結婚を機に、普通の生活を送ろうと思っていた泰子だったが、突然の智の登場でそれが大きく揺らぎだす……。

正直なところ、序盤の展開を観てオレは戸惑ってしまった。何しろ智は泰子の家にやってきて、それからほどなく2人はエッチをしてしまうのだ。しかも泰子の側からアプローチをして。何じゃ、こりゃ。いくら子供の頃に親密な仲だったといっても、20年ぶりに再会したばかりでそんなことになるのか?????

その後、泰子は「母を探して欲しい」と智に言う。彼女の実母は、直子が転がり込んできたタイミングで家を出たのだった。それ以来、泰子は実母と会っていない。

すると、次の瞬間、泰子がテレビの再会番組に出演して、実母に再会するのである。実母は、「あの時はちょうど家を出たかったから都合がよかった」などと言い放つ。彼女はその後再婚したという。

これまたあまりにも唐突すぎる展開だ。しかも、問題の再会番組がいやにお茶らけているではないか。これまた何じゃ、こりゃ、である。

しかし、よくよく考えてみると、この序盤の奇妙さは意図されたものなのかもしれない。そもそも、このドラマはリアルとは言い難い色彩に彩られている。

その最たるものが智の母・直子である。何しろ次々に男の家を渡り歩き、しばらくそこで暮らすと出て行く生活を繰り返してきたのだ。劇中で智が彼女の転居先を列挙するシーンがあるのだが、その数ときたら半端ではない。どんなに身軽に男の間を泳ぎ回るにしても、現実にそんなことは不可能だろう。

それゆえ、中途半端にリアリティを持たせるよりも、オフビートの笑いも含めてある種のファンタジー的なタッチを加えて描こうというのが、作り手側の意図だったのかもしれない。そういえば、ドラマの後半では、すでに死んだはずの泰子の父親を普通にスクリーンに映りこませたりもしているのだ。

とはいえ、ただの絵空事のドラマというわけではない。中盤以降は、泰子や智の葛藤がクローズアップされてくる。子連れの愛人によって家族を壊された過去を持つ泰子は、普通の生活を志向しつつも、家族というものに対して懐疑的な思いがぬぐえない。

一方の智も、泰子と違い母は常にそばにいたものの、彼女の行動は世間的には常識はずれなものであり普通の生活とはほど遠い。

いわば2人とも大切なものが欠落しており、それに対する大きな不安を抱えているわけだ。そんな中、泰子は妊娠してしまう。はたして彼女は母親になる決断ができるのか。そして智は……。

そんな2人に変化を促す仕掛けが秀逸だ。なんと新しい男の家を出たばかりの直子が、泰子の家に転がり込んでくるのだ。おまけに、再婚した泰子の母が生んだ異父妹の亜里砂(藤井武美)までが加わって、4人で奇妙な同居生活を始めるのである。

この疑似家族ともいえる生活の中で、温かな触れ合いや激しい軋轢が演じられて、様々な化学変化が起きる。そして、泰子と智は変化していく。

本作のラストはかなり微妙なものだ。泰子が最後に見せる笑顔の意味は、明確には明かされずに観客に判断をゆだねている。ありきたりのハッピーエンドとも、リセットとも違う余韻の残るラストである。個人的には、やはりそこに明るい希望を見出しのではあるが。

何はともあれ本作で最も光るのは、間違いなく草刈民代の演技である。あのハンパでないヤサグレ感、現実と虚構の狭間を行き来するような浮遊感が、何とも素晴らしい。まさに必見の演技といえるだろう。元名バレリーナという経歴に関係なく、今や立派な演技派女優だ。

泰子役の初音映莉子、智役の高良健吾の演技もなかなかのもの。そして、泰子の婚約者役を演じた名バイプレーヤーの黒田大輔が相変わらず良い味を出している。そのあたりの役者たちのアンサンブルに、最も心を動かされた作品である。

●今日の映画代、1300円。TCGメンバーズカードの会員料金で鑑賞。

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◆「月と雷」
(2016年 日本)(上映時間2時間)
監督:安藤尋
出演:初音映莉子高良健吾藤井武美黒田大輔市川由衣村上淳木場勝己草刈民代
テアトル新宿ほかにて公開中。全国順次公開予定
ホームページ http://tsukitokaminari.com/