映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「人生はシネマティック!」

人生はシネマティック!
ヒューマントラストシネマ有楽町にて。2017年11月12日(日)午後1時55分より鑑賞(スクリーン1/D-12)。

今年公開されたクリストファー・ノーラン監督の「ダンケルク」は、フランスのダンケルクでドイツ軍に包囲された英軍兵士40万人を、軍艦はもとより、民間の船舶も総動員して救出した歴史に残る撤退作戦を描いたスペクタクルな作品だ。

イギリス映画「人生はシネマティック!」でも、そのダンケルクでの戦いが重要な役割を果たす。とはいえ、こちらはダンケルクの戦いそのものを描いた映画ではない。ダンケルクの戦いをテーマにした映画の製作チームに参加した女性の話なのである。

時代は1940年。第二次世界大戦下のロンドン。ドイツ軍の空爆が続く中で、政府は国民を鼓舞するプロパガンダ映画の製作に力を入れていた。その一方で、映画界は度重なる徴兵で人手不足に陥っていた。そんな中で登場するのが主人公のカトリン(ジェマ・アータートン)だ。コピーライターの秘書として働いていた彼女だが、人手不足のためコピーライターの代理で書いたコピーが情報省映画局の特別顧問バックリー(サム・クラフリン)の目に留まる。そして、戦意高揚を目的としたPR映画(映画の上映の合間に流れる短い作品)の脚本家に採用される。

いや、それだけではない。実は映画局では、ダンケルクの撤退作戦でイギリス兵の救出に尽力した双子の姉妹の実話をもとにした映画を企画しており、カトリンに彼女たちの取材を依頼した。うまくいけば脚本チームに加えてくれるという。カトリンは、さっそく双子の姉妹に会う。だが、実は、彼女たちは船で兵士の救出に向かったものの、エンジンがストップして目的を果たせなかったのだという。

そのことを正直に告げれば、映画製作の話は流れてしまうかもしれない。カトリンはそれを秘密にする。おかげで映画の製作はスタートして、カトリンはバックリーとパーフィット(ポール・リッター)とともに3人の共同で脚本化に挑戦する。

こうして脚本作りから撮影へと、ダンケルクの戦いを題材にした映画の製作現場を描く内幕もののドラマが進行する。そこには、様々な困難が伴う。戸惑いつつも初めての仕事にチャレンジするカトリン。だが、製作が開始されると、政府や軍による無理難題、ベテラン役者のわがままなど、多くの困難が待ち受けていたのだ。

なかでも面白いのが、イギリスの名優ビル・ナイ演じるベテラン役者だ。元は刑事ドラマなどでスター俳優だったらしいのだが、いまでもすっかり落ち目。それでもプライドだけはやたらに高い。そんなキャラを生かしてユーモアをあちこちにまぶしている。この映画には笑える要素がたくさんあるのだ。

また、政府や軍による無理難題という点では、その最たるものがアメリカ人の素人役者の起用だ。戦争への参戦を嫌がるアメリカにアピールするため、戦争で有名になったアメリカ人パイロットを重要な役どころで起用しろというのである。だが、当然ながら彼はまともな演技などできない。はたして製作側はどうしたのか。

というわけで、ドラマの大半は映画撮影の内幕が描かれるのだが、実はこの映画の本当のドラマはそこにはない。カトリンは正式な結婚こそしていないものの内縁の夫がいる。彼はかつての戦争の負傷兵で今は売れない画家をしている。

以前は彼の意向に対して従順な女性として振る舞っていたカトリン。しかし、映画の脚本家という職を得て、仕事にまい進するうちに自立の芽が芽生えてくる。当初は稼ぎのない夫に代わって家計を支えるつもりで働いていた彼女だが、次第にそれとは違う思いが膨らんでいく。時間的にも夫と過ごす時間が減り、夫婦の間には隙間風が吹き始める。

それと並行して、カトリンとバックリーの間には、単なる仕事仲間という以上の感情が生まれ始める。その経緯には、ちょっと昔風のラブコメの要素もある。そして何よりも、この映画の大きな柱はカトリンという女性の自立と愛のドラマなのである。

「17歳の肖像」がアカデミー作品賞などにノミネートされたこともあるロネ・シェルフィグ監督は、そんなカトリンのドラマを劇中劇(新作映画の完成途上の映像)とリンクさせながら描く。カトリンの自立と愛、映画製作の内幕もの、さらには空爆などの戦争の実情などたくさんの要素を詰め込んでいるのに、それほど窮屈な感じがしないのだから鮮やかな手腕だ。

そして何よりも本作の終幕が素晴らしい。映画の終盤に関して大きな難題が持ち上がり、脚本作りはストップしてしまう。だが、それを救ったのがカトリンだ。ここで彼女の脚本家としての成長がクッキリとスクリーンに刻まれる。

そして同時にカトリンは新たな愛を獲得する。だが……。

そこから先の展開は完全なネタバレになるので伏せるが、カトリンの新たな旅立ちを告げて映画は終わる。ラストは温かく清々しさに満ちている。そこに至るまでに、またしてもビル・ナイ演じるベテラン役者が存在感を発揮しているのも、心憎い展開だ。

戦争中という特別な状況下で、映画製作の現場を通して1人の女性の愛と成長をユーモアを交えつつ描いた作品。なかなかの味わいである。

●今日の映画代、1300円。TCGメンバーズカードの会員料金。

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◆「人生はシネマティック!」(THEIR FINEST)
(2016年 イギリス)(上映時間1時間57分)
監督:ロネ・シェルフィグ
出演:ジェマ・アータートン、サム・クラフリン、ビル・ナイ、ジャック・ヒューストン、ヘレン・マックロリー、エディ・マーサン、ジェイク・レイシー、レイチェル・スターリング、ポール・リッター、ジェレミー・アイアンズ、リチャード・E・グラント
新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ有楽町ほかにて公開中
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