映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「密偵」

密偵
シネマート新宿にて。2017年11月14日(火)午後12時55分より鑑賞(スクリーン1/E-12)。

最近の若い子の中には、日本がアメリカと戦争して負けた事実を知らないヤツがけっこう多い、と新聞かどこかに書いてあった。てことは、日本が朝鮮を35年も植民地支配したことを知らんヤツも多いのだろうな。きっと。それが今も両国の関係に深い影を落としているというのにネ。

というわけで、今さらだが復習を。1910年に大韓帝国が日本に併合されてから、日本が第二次世界大戦に敗北して朝鮮総督府が降伏する1945年まで、朝鮮は日本の統治下にあったのだ。それは紛れもない事実である。

そんな歴史を背景にした映画が「密偵」(THE AGE OF SHADOWS)(2016年 韓国)だ。ただし、小難しい歴史ドラマでも、反日機運を煽るドラマでもない。エンタメ性タップリのスパイ・アクション映画なのだ。

舞台となるのは1920年代、日本統治下の朝鮮。そこでは日本からの独立を目指す武装組織織「義烈団」が過激な活動を展開していた。映画の冒頭は、その義烈団のメンバーが、資金稼ぎのために美術品を売りつけようとあるお金持ちの屋敷に来たシーン。だが、彼らは何者かに密告されて、日本警察に包囲されて逃げ出す。それを追うのは朝鮮人でありながら、日本警察に所属して義烈団の摘発を進めるイ・ジョンチュル(ソン・ガンホ)だ。

この冒頭のシーンから激しいアクションが炸裂する。それはある種の様式美にも近いケレン味のあるアクションだ。しかし、この映画、全編にアクションが散りばめられているわけではない。むしろ大半は静かなシーンだ。その代わり手に汗握るような緊張感にあふれている。こうした「静」と「動」が絶妙のバランスで配された映画なのだ。

ジョンチュルは、上司の日本人ヒガシ(鶴見辰吾)から義烈団の監視を命じられていた。そこで彼は、義烈団のリーダー格のキム・ウジン(コン・ユ)に接近を図る。その目論見は思いのほかうまくいき、ウジンと親しくなる。自分が日本警察だと身分を明かしても、ウジンは平気な顔をしていた。だが、それは義烈団の団長チョン・チェサン(イ・ビョンホン)がジョンチュルを味方に引き入れるための餌だったのだ。

こうしてジョンチュルは義烈団に情報を流す羽目になる。いや、そもそも彼に限らず警察と義烈団の周囲ではたくさんの密偵がうごめいて不穏な動きをしていた。たとえ敵に情報を流しても、それを利用して敵を痛い目に遭わせることを企んでいるとも考えられる。つまり、誰が敵で誰が味方か皆目見当がつかない疑心暗鬼の状態なのだ。そんなピリピリした緊張感がスクリーンを包む。

ジョンチュルにはもう一つの懸念事項があった。ヒガシに命じられてコンビを組むことになったハシモト(オム・テグ)という日本人の存在だ。いけ好かないハシモトは、最初からジョンチュルに不信の目を向け、隙あらば足元をすくおうという態度が見え見えだ。ジョンチュルと彼との騙し合いも、この映画の大きなポイントになる。

まもなく、義烈団は京城で日本の主要施設を標的にした大規模な破壊工作を計画する。その準備のためにウジンたちメンバーは上海に飛ぶ。それを追ってジョンチュルやハシモトたち日本警察も上海に飛ぶ。上海で展開する両者のせめぎ合い。そこでも何度もあわやの場合が出現する。スクリーンを覆う緊張感はまったく途切れないのである。

やがて、義烈団メンバーは、爆弾とともに列車に乗り込み京城を目指す。本来なら、ジョンチュルが流した偽情報によってハシモトは違う場所にいるはずだ。だが、なぜか彼と部下は列車に乗り込んでいた。そう。実は義烈団のメンバーの中にも密偵がいたのだ。

そこからは列車の中でのスリリングなヤマ場が続く。義烈団メンバーを発見しようとするハシモト。それをどうにか阻止しようとするジョンチュル。同時に義烈団のウジンは、仲間の誰が密偵なのかを突き止めるためにある仕掛けを用意する。そして、ついにそれが明らかになる。だが、その直後、ジョンチュルとウジンはハシモトによって絶体絶命のピンチに追い詰められる。

そこから緊張感あふれるアクションが展開し、その果てにいったんドラマは落ち着くかに見えるのだが、そうは問屋が卸さない。まあ、その先の展開までばらしてしまうのは、これから観る人にとって興ざめだろうから詳しい話は伏せておくが、まだまだ波乱が続くのだ。

そして、そのあたりからはジョンチュルを演じる実力派俳優ソン・ガンホの演技力が一段と輝いてくる。朝鮮人でありながら、依然として日本警察の一員である彼は、義烈団に対する過酷で非人道的な追及の先頭に立たされる。その苦悩がひしひしと伝わってくる。

その後の裁判シーンでの彼の陳述も印象深い。この映画は日本統治下が舞台ということで、日本語のセリフがたくさん飛び出すのだが、そこでもジョンチュルが日本語で叫びをあげる。彼自身の苦悩を振り切るかのような痛切な叫びである。

だが、それにも実は裏があったのだ。最後の最後になって、ジョンチュルは決然と行動する。それは彼の様々な思いが交錯した末の行動だ。そこで流れるのはラベルの「ボレロ」。中嶋一貴監督の「いぬむこいり」でも効果的に使われていたが、ここでも場面を最高潮に盛り上げる。そして。ついに……。ラストで冒頭の出来事の決着をつける構成も見事である。

「グッド・バッド・ウィアード」「悪魔を見た」のキム・ジウン監督による演出は、細部まで強いこだわりが感じられる。当時を再現した街の様子なども本格的だ。また、ソン・ガンホだけでなく、コン・ユ(最近では「新感染 ファイナル・エクスプレス」の演技が印象的)、イ・ビョンホン(出番は少ないながらさすがの迫力)など他の役者の演技も見応えがある。

 

韓国人にとって屈辱の歴史を、こういうエンタメ映画にしてしまう余裕が心憎い。文句なしに面白かった。おまけにエンタメ性を前面に押し出しつつも、日本統治下の朝鮮の人々の悲しみ、怒りも、スクリーンに無理なく刻み込んでいる。それがこの映画の最大の特徴だろう。

●今日の映画代、1000円。TCGメンバーズカードの火曜サービスデー料金。

f:id:cinemaking:20171115223226j:plain

◆「密偵」(THE AGE OF SHADOWS)
(2016年 韓国)(上映時間2時間20分)
監督:キム・ジウン
出演:ソン・ガンホ、コン・ユ、ハン・ジミン鶴見辰吾、オム・テグ、シン・ソンロク、ソ・ヨンジュ、チェ・ユファ、フォスター・バーデン、パク・ヒスン、イ・ビョンホン
*シネマート新宿ほかにて公開中。全国順次公開予定
ホームページ http://mittei.ayapro.ne.jp/