映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「最低。」

「最低。」
2017年10月31日(火)第30回東京国際映画祭P&I上映にて鑑賞(TOHOシネマズ六本木ヒルズ スクリーン9)。

東京国際映画祭で鑑賞した映画についても、きちんとしたレビューを書きたいと思うのだが、なにせ立て続けにたくさんの作品を鑑賞するので思うようにいかない。今年もコラムとして簡単な感想を書くのがやっとだった。

とはいえ、せめて一般公開される作品については、なるべくレビューを書くようにしたいものである。

というわけで、今年の東京国際映画祭で、「勝手にふるえてろ」とともに日本映画としてコンペティション部門にノミネートされた「最低。」が本日より公開になったので、あらためてレビューをまとめてみた。

「最低。」(2017年 日本)は、瀬々敬久監督の作品である。瀬々監督といえば、メジャーな作品(最近では「64-ロクヨン」のような)とインディーズ系の作品(2010年の4時間半を超える長尺の「ヘヴンズ ストーリー」など)とを行き来している監督だ。ちなみに、オレも製作費をほんの少しだけカンパしたインディーズ映画「菊とギロチン」が、来年夏あたりに公開予定らしい。

そんな瀬々監督が、人気AV女優・紗倉まなの同名短編集を映画化した。境遇も年齢も性格もバラバラながら、何らかの形でAVと関わりを持った3人の女性と、その家族の姿を描いた群像劇である。

登場する1人目の女性は、夫と平穏な日々を送りつつ、満たされない思いを抱えてAVに出演する美穂(森口彩乃)。2人目は、田舎町に祖母と母と住む17歳の女子高生・あやこ(山田愛奈)。絵を描くのが好きな彼女は、母親(高岡早紀)が元AV女優だという噂を聞いて心を乱す。そして3人目の女性は、家族から逃げるように上京した25歳の彩乃(佐々木心音)。軽い気持ちでAVに出演し、そのままAV女優として多忙な毎日を送っている。

AVがネタになっているだけに、その撮影現場などエロいシーンが何度か登場する映画だが(R-15)、当然ながら本作の真骨頂はそこではない。迷い、もがき苦しむ3人の女性と、その家族たちの心理描写こそが、この映画の最大の見どころである。

美保は、心の隙間を埋めようとするかのように夫に内緒でAVに出演し、その間に病床の父親が亡くなり、大きな罪悪感にさいなまれる。あやこは、ストーカー的に近づいてくる男の子に戸惑い、母親の噂話で同級生からからかわれて傷つき、母への怒りを募らせる。彩乃の前には彼女の仕事を知った母親が現われ、AVの仕事を辞めるよう懇願する。それに反発する彩乃。

そんな彼女たちの心理の揺れ動きが、手に取るように伝わってくる作品である。昔からそうだったが、瀬々監督は女性の心理を切り取るのが巧みな監督だ。今回も手持ちカメラによるアップを中心に、リアルかつ繊細に女性心理を映し出す。とはいえ、それは昔のような鋭い描き方ではなく、そこには温かく優しい視線が感じられる。それがこの映画の大きな特徴だろう。

余白の残し方も印象的だ。美保や彩乃がAVに出演するに至る動機は、直接的には描かれない。彼女たちと家族との関係性の中から、チラリチラリとそのヒントを見せていき、あとは観客の想像に任せていく。3人の女性たちを取り巻く家族についても、同様に過剰な描き方は排している。

以前から群像劇を得意とする瀬々監督だけに、3つのドラマの絡ませ方も巧みだ(あやこの父親の話はやや強引な気もするが)。AV女優を白眼視する社会の風潮なども、ドラマの背景として自然に織り込まれている。

終盤、3人の女性にはそれぞれ波乱が起きる。その結末は明確に提示されない。しかし、瀬々監督の視線は最後まで温かい。彼女たちの身に何が起ころうとも、一人の人間として力強く生きていくであろうことを予感させるエンディングである。

まあ、個人的なことを言えば、美保や彩乃がAVに出る動機には、最後まで共感できなかった。何しろオレは「自分探し」的なものに対して懐疑的な人間なのである。

だって、あなた、探さなくなって、あなたという人間はそこにいるでしょう。自分探しに拘泥するよりも、目の前のやるべきことをやってたほうが、そのうちに何かが見えてくるんじゃないのかなぁ。

な~んて考えてしまうもので、自分探し的な匂いを感じる美保や彩乃の心理が、イマイチ理解できなかったりするわけだ。

だが、そういう個人的なことを置いておけば、なかなかよくできた人間ドラマだと思う。AVというセンセーショナルなネタに関係なく、どこにでもいる女性たちの葛藤に満ちたドラマとして見応えがある。

3人の女性を演じた森口彩乃佐々木心音山田愛奈は、それぞれに存在感のある演技を披露している。忍成修吾江口のりこ渡辺真起子根岸季衣などの脇役も良い。そんな中でも最も目を引いたのは、あやこの母親を演じた高岡早紀の半端ないヤサグレ感である。あのヤサグレ感は彼女ならではのものかもしれない。

AV女優原作の映画、などという先入観を捨てて、生身の女性たちの人間ドラマとして素直に観るべき作品だと思う。そうすれば、何か心に響くものがあるかもしれない。

●今日の映画代、関係者向けのP&I上映につき無料。

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◆「最低。」
(2017年 日本)(上映時間2時間1分)
監督:瀬々敬久
出演:森口彩乃佐々木心音山田愛奈忍成修吾森岡龍斉藤陽一郎江口のりこ渡辺真起子根岸季衣高岡早紀
角川シネマ新宿ほかにて全国公開中
ホームページ http://saitei-movie.jp/