映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「ルージュの手紙」

ルージュの手紙
シネスイッチ銀座にて。2017年12月12日(火)午後6時50分より鑑賞(シネスイッチ1/E-8)。

もちろん、オレは母親でも娘でもないので(当たり前や!)、あくまでも間接的に見聞した範囲での話だが、母親と娘との間には微妙な関係性があるようだ。ましてそれが血のつながらない母娘なら、なおさら複雑な心理が両者の間に存在するのではないだろうか。

ルージュの手紙」(SAGE FEMME)(2017年 フランス)は、そんな血のつながらない母娘を描いた映画である。

主人公クレール(カトリーヌ・フロ)は、パリで助産師として働いている。病院は閉鎖が決まっていて、彼女はその後の身の振り方を決めかねている。また、彼女はシングルマザーで息子は医師を目指して勉強をしている。

そんなある日、突然、30年間姿を消していた継母のベアトリス(カトリーヌ・ドヌーヴ)から「重要で急を要する知らせがあるので会いたい」という電話が入る。自分が癌になったことから、生涯で唯一愛したクレールの父親にもう一度会いたいと思ったというのだ。だが、水泳選手だったクレールの父親は、ベアトリスが去った直後に自殺していた……。

というわけで、理由も告げずに父と自分を捨てたベアトリスに対して、クレールは憎しみを抱いている。とりあえず会うには会ったものの、その憎しみが消えることはない。

おまけに2人は正反対の性格をしている。ベアトリスは酒とギャンブルが大好きで、自由奔放に生きてきた。それに対して、クレールは真面目で、地味で、酒もたばこもやらない。そんな両者がぶつからないはずがないだろう。

ベアトリスに対して苛立ちを隠せないクレール。だが、困った人を放っておけない性格ゆえか、彼女を見捨てることもできない。戸惑いと苛立ちを抱えたままで、ベアトリスとの交流を続ける。そんなぎこちない交流を通して、クレールとベアトリスは少しずつ変化していく。

全く異質な2人が、過去を乗り越え、少しずつお互いを認め合っていく描写が、この映画の醍醐味である。とはいえ、劇的な変化のきっかけがあるわけではない。日常の様々なことが積み重なって、少しずつ変化していく。

しかも、2人は単純に距離を縮めるわけではない。接近したと思ったらまた離れ、離れたかと思ったらまた接近する。そんなふうに行きつ戻りつしながらドラマが進む。決定的な破局もなければ、劇的な和解もない。

こうした微妙な関係性を描くのはなかなか至難の業だろう。だが、「セラフィーヌの庭」「ヴィオレット ある作家の肖像」のマルタン・プロヴォは、それを繊細かつ巧みに描き出す。映画の冒頭ではアップを多用した映像で2人の内面を描くのかと思ったのだが、観ているうちにそう単純ではないことがわかった。その場その場にふさわしい視点で、しかもあちこちにユーモアを込めながら、2人の心理をすくい取るのである。

たとえば、いつも髪をひっつめ、化粧っ気のなかったクレールが、髪をおろして化粧をする。その背景には、家庭菜園仲間のポール(オリヴィエ・グルメ)という男性の存在もあるのだが、明らかにベアトリスに影響されていることが感じられる。デタラメではあるものの、「人生を楽しむ」ことに長けている彼女をクレールが認め始めていることが、そこはかとなく伝わってくるシーンである。

一方のベアトリスも、病に苦しむ中で、長年どこかに置いてきた親としての感情を思い出し、自分の過去の人生を省みるようになる。そんなわずかな変化が、彼女の言動からチラチラと見えてくる。

ベアトリスを演じるのは大女優のカトリーヌ・ドヌーヴヒョウ柄をゴージャスに着こなし(クレールの地味なコートと好対照!)、自由奔放さを全身で体現する。一方、クレールを演じるカトリーヌ・フロもフランスを代表する女優の一人。こちらは地味で意固地な女性を、抑制的な演技で見せていく。対照的な資質を持った、この2人の名優を起用したことが、間違いなく本作の最大の成功要因である。

終盤、クレールとベアトリスは一緒に、亡きクレールの父親の若き日のスライドを見る。そこに、彼とうり二つのクレールの息子が登場する。何とも心にしみる名シーンだ。

そして、最後には「ルージュの手紙」というタイトルの理由が明らかになる。明確なハッピーエンドではないものの、2人の新たな旅立ちを示唆する。温かな空気が流れて、清々しい余韻を残してくれるエンディングだ。

実は、この映画にはクレールの職業柄もあって、何度も出産シーンが登場する。それが何よりも、この映画にポジティブさをもたらしている。生への肯定と、ある種の女性讃歌が通底した映画だと思う。

まあ、何にしてもドヌーヴとフロという「2人のカトリーヌ」の演技を練るだけでも、十分に価値のある作品だろう。

●今日の映画代、1300円。ずっと前にアンケートに答えたらもらって割引券をようやく使用。

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◆「ルージュの手紙」(SAGE FEMME)
(2017年 フランス)(上映時間1時間57分)
監督・脚本:マルタン・プロヴォ
出演:カトリーヌ・フロ、カトリーヌ・ドヌーヴオリヴィエ・グルメ、カンタン・ドルメールミレーヌ・ドモンジョ、ポーリーヌ・エチエンヌ、オドレイ・ダナ
シネスイッチ銀座ほかにて全国公開中
ホームページ http://rouge-letter.com