映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「ビジランテ」

ビジランテ
テアトル新宿にて。2017年12月17日(日)午後1時50分より鑑賞(E-11)。

どこの土地のどんな家に生まれるのかは選択のしようがない。それはあらがえない運命である。その運命に翻弄される兄弟を描いたのが、入江悠監督の「ビジランテ」(2012年 日本)だ。

政治的弾圧やテロからDVに至るまで、暴力を受けた人間は心に大きな傷を負い、それが新たな暴力を誘発する。暴力は間違いなく連鎖する。「ビジランテ」は、暴力の連鎖がテーマになった映画でもある。

とはいえ、暴力描写の激しさや凄惨さを強調しているわけではない。閉塞感漂う地方都市を舞台に、暴力の渦に巻き込まれていく三兄弟の愛憎のドラマを通して、人間の心の闇が異様な迫力で提示された映画なのだ。

映画の冒頭で描かれるのは、3人の少年が川を渡ろうとするシーンだ。それは神藤一郎、二郎、三郎の三兄弟。一郎はどうにか川を渡って、そこに何かを埋めるが(その時埋めたものがドラマの後半で印象的に使われる)、すぐに追ってきた父・武雄(菅田俊)によって3人は連れ戻される。そして始まる父による激しい暴力。直後に高校生の一郎は家を飛び出して行方不明になる。

それから30年後、地元ではアウトレットモールの誘致計画が進んでいる。有力者だった武雄が亡くなり、市議会議員の次男・二郎(鈴木浩介)は建設予定地に含まれている父の土地を巡って、先輩市議から何としてもその土地を相続するように命じられる。そこで彼は、デリヘルの雇われ店長をしている三男の三郎(桐谷健太)に連絡を取る。

そんな中、高校時代に行方をくらましていた長男・一郎(大森南朋)が30年ぶりに姿を現す。彼はなぜか武雄の署名入りの公正証書を持っていて、遺産相続を主張する。それが原因で二郎と三郎は、危険な立場に追い込まれていく……。

入江監督といえば、2008年の「SR サイタマノラッパー」が注目され、今では「22年目の告白 私が殺人犯です」などのメジャー作品も手がけるようになったわけだが、今回は久々のオリジナル作品だ。

おまけに舞台になるのは埼玉の地方都市。あくまでも架空の都市という設定だが、撮影しているのは入江監督の地元である埼玉県深谷市。その分、作家性が強く、新たな一面を見せつけられる作品になっている。

特に目を引くのが三兄弟の心理描写である。閉塞感漂う土地と、暴力的な父の呪縛から逃れられない3人それぞれの複雑な心理が、ぎくしゃくした関係の中から見えてくる。

一郎は多額の借金を背負っているのだが、遺産相続を主張するのはそのためではなく、父祖伝来の土地への執着があるようだ。そして、彼には父譲りの暴力の影が色濃くつきまとっている。

二郎はひたすら出世を目指し、都合の悪いことには目をつぶっている。その裏には、したたかにそれを後押しする妻(篠田麻里子)の存在がある。それでも、かつてはともに父の暴力の犠牲になった(そして実はともに抵抗も企てた)兄弟に対する消せない思いが、あちらこちららで見え隠れする。

三郎は基本的には優しい性格で、遺産争いなどよりも大事なことがあると信じている(そのことを口にする場面もある)。しかし、デリヘルの経営者である地元のヤクザに支配され、身動きが取れなくなっていく。

こうして、まったく違う世界で生きてきた三兄弟の欲望、プライド、兄弟の絆が絡み合い、ぶつかり合い、凄惨な事態へと突入していくのである。

このドラマをより説得力のあるものにしているのが、舞台となる都市の空気である。開発型の行政を進める市のリーダーたち、彼らとヤクザと警察との癒着体質。それらが暴力の連鎖の背景となる。二郎がリーダーを務める自警団の若者は中国人に偏見を持ち、彼らに激しい敵意を燃やす。それもまた暴力の連鎖の呼び水であると同時に、今の時代の空気が投影されている。

こうした地方都市のありようは、2011年の富田克也監督の映画「サウダーヂ」などとも共通するものを感じさせる。

三兄弟に地元ヤクザ、横浜のヤクザが入り乱れるクライマックスの展開は、やや都合よすぎの感もないではないが、暴力の連鎖というテーマをより際立たせることに成功している。ラストに待ち受ける悲劇もまた同様だ。

運命の糸に引きずられるように消えて行った者、それを断ち切って前進しようとする者、それぞれの結末は違っても、そこには何とも言えない寂寥感が漂うのである。

三兄弟を演じた大森南朋鈴木浩介桐谷健太はいずれも素晴らしい演技だ。特に大森南朋のバイオレンス男ぶりが、得体の知れなさを漂わせる。二郎の妻役の篠田麻里子市議のリーダー役の嶋田久作(殺したいぐらい憎たらしい!)などの脇役にも存在感がある。

三兄弟の物語といえば、ドストエフスキーの長編小説『カラマーゾフの兄弟』が思い浮かぶが、そうした重厚で骨太の古典小説と共通する資質が感じられる映画だ。昔の日本映画を想起させるような音楽の使い方も、いっそう重厚さを高めている。暗くて、救いのないドラマだが、最後まで目が離せなかった。

●今日の映画代、1300円。TCGメンバーズカードの会員料金で。

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◆「ビジランテ
(2017年 日本)(上映時間2時間5分)
監督・脚本:入江悠
出演:大森南朋鈴木浩介桐谷健太篠田麻里子嶋田久作間宮夕貴吉村界人、般若、坂田聡、岡村いずみ、浅田結梨、八神さおり、宇田あんり、市山京香、たかお鷹、日野陽仁菅田俊
テアトル新宿ほかにて公開中
ホームページ http://vigilante-movie.com/