映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「勝手にふるえてろ」

勝手にふるえてろ
2017年10月30日(月)第30回東京国際映画祭P&I上映にて鑑賞(TOHOシネマズ六本木ヒルズ スクリーン9)。

東京国際映画祭で上映される映画は、さすがに選りすぐりの映画だけにどれも見応えがある。その中でも、「これだ!」という映画に出会う喜びは無上のものである。昨年は「この世界の片隅に」が、そんな忘れられない一作となった。

そして、今年の第30回でオレが最も気に入った作品が、コンペティション部門に出品されて観客賞を受賞した「勝手にふるえてろ」(2017年 日本)である。正直ほとんど期待せずに、「コンペ作品だから一応観ておくか」的な考えで鑑賞したのだが、完全に予想を覆された。まさかこれほど面白い映画だとは思いもしなかった。

芥川賞作家・綿矢りさによる同名小説の映画化だ。主人公は24歳のOLヨシカ(松岡茉優)。恋愛に奥手で、いまだに中学時代に気になっていた男の子「イチ」(北村匠海)に10年間片思い中だ。といっても、中学ではほんの少ししか口をきいたことがないし、卒業後はまったく会ったこともない。完全な脳内だけの恋愛だ。

ところが、人生とはわからないものである。ある日、ヨシカは会社の同僚の「ニ」(渡辺大知)から突然告白される。正直なところ、「ニ」は暑苦しくて「イチ」とは正反対のタイプ。それでも、ヨシカは「人生で初めて告られた!」とテンションがあがる。

しかし、そこはさすがに屈折女子だ。「ニ」との関係にいまいち乗り切れないヨシカ。やはり「イチ」のことが忘れられないのだ。こうして脳内片思いとリアルな恋愛が同時進行する中で、ヨシカは「一目でいいから、今のイチに会って前のめりに死んでいこう」と考え、同級生の名をかたって同窓会を計画する。そして、やがてイチと再会するのだが……。

ヨシカのようなイケてない屈折した女性は、どこにでもいるだろう。脳内であれこれ考えてばかりで、実際に言葉にしたり、行動には移せない。自意識過剰でプライド過多。それゆえ周囲とはなじめずに、他人に対してどこか覚めている。

原作ではヨシカの独白でそれらを表現するのだが、それをいったい映画でどう観客に見せるのか。これは難しい問題だ。しかし、この映画は、それを見事にやり遂げている。

何よりも素晴らしいのが松岡茉優の演技だ。ヨシカの一人芝居のような場面が連続するのだが、それを圧倒的な存在感で演じ切る。その一挙手一投足、微妙な表情の変化、他人の言動に対するほんの短い反応など、完全にヨシカになりきった演技だ。本来なら、屈折したオタク女子のヨシカは目立たない存在。存在感とは無縁なはずだ。それにもかかわらず存在感がにじみ出てくる。こういう演技はそう簡単にできるものではない。名演といってもいいと思う。

大九明子監督の脚本と演出も素晴らしい。「イチ」と「ニ」の間で揺れ動くヨシカをユーモア満点に、ケレン味たっぷりに描いていく。例えば、ヨシカのキャラの組み立て方だ。彼女が愛好するのは地球から絶滅した動物たち。ネット通販でアンモナイトの化石まで購入する。こうしたディテールが抜群に面白く、しかもヨシカという人物を的確に表現している。

そして、もう一つ特筆すべき仕掛けがある。会社の同僚の来留美石橋杏奈)以外には誰にも本音を明かさないように見えるヨシカだが、なぜか街でいつも出会う人々(釣り人や駅員など)に気軽に近況を語りかける。一見、不自然にも思える光景だが、実はそこには大きなからくりがある。そのことが後になって判明するのだ。それが彼女の屈折ぶりと孤独をさらに強く印象付ける。原作にはない秀逸な仕掛けだ。

さらに、この映画にはヨシカがミュージカルのように心情をうたい上げるシーンがある。実のところオレは観賞中に、あまりにもスゴイはじけ方に爆笑して、「いっそミュージカルシーンでも出してくれないかな」と思ったのだ。そうしたら、アナタ、本当にやってくれるじゃありませんか。いやはやもう脱帽ですヨ。楽しすぎます。

まあ、とにかく、爆笑の映画である。ただし、単なるコメディーではない。恋愛や生き方の本質もちゃんと突いている。特に、同窓会をきっかけに、ヨシカの脳内における「イチ」との関係が変化するあたりからは、そうした色が濃くなってくる。

終盤でのヨシカの行動は極端だ。ある出来事からすべてが嫌になった彼女は、予想もしない行動をとる。それもまた笑いを誘うのだが、それだけでは終わらない。なぜなら、行動そのものは極端でも、その奥にある心情は誰もが持ち得るものだからだ。

様々な波乱の果てに、ラストには用意されたのはヨシカと「ニ」との名シーン。それは、風変わりなラブロマンスに落とし前をつけ、「勝手にふるえてろ」というタイトルにもつながるシーンだ。オレは無条件に感動し、心がポカポカと温まるのを感じてしまったのである。

爆笑のエンターティメントでありながら、今の時代の1人の女性の内面もきっちりと描き出した本作。個人的には、今年の邦画の上位にランクする映画である。一見、女性向けの映画のように思えるかもしれないが(ヨシカと共通する資質を持つ女性は多そうだし)、男性も十分に楽しめるはず。

東京国際映画祭では無料で鑑賞させてもらったが、自腹でもう一度観ようと思っている。それぐらい面白い映画だった。

●今日の映画代、関係者向けのP&I上映につき無料。

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◆「勝手にふるえてろ
(2017年 日本)(上映時間1時間57分)
監督・脚本:大九明子
出演:松岡茉優渡辺大知、石橋杏奈北村匠海趣里、前野朋哉、池田鉄洋古舘寛治片桐はいり
*新宿シネマカリテほかにて全国公開中
ホームページ http://furuetero-movie.com/