映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「わたしは、幸福(フェリシテ)」

わたしは、幸福(フェリシテ)」
ヒューマントラストシネマ渋谷にて。2017年12月21日(木)午後1時40分より鑑賞(シアター2/H-10)。

寒い。半端なく寒い。何しろウチには電気ストーブ以外に暖房がないのだ。こう寒いとアフリカにでも行きたくなるが、そういうわけにもいかない。だいいちオレはアフリカのことをよく知らない。コンゴといわれても、どこにあるのか皆目見当がつかない。ただし、その首都のキンシャサという名前には聞き覚えがある。

1974年10月30日、ザイール共和国(現在のコンゴ民主共和国)の首都キンシャサで行われたプロボクシングWBAWBC世界統一ヘビー級タイトルマッチで、王者ジョージ・フォアマンと挑戦者モハメド・アリが対戦し、アリが劇的な逆転KO勝利をおさめた。これを「キンシャサの奇跡」と呼ぶ。

そのキンシャサを舞台にしたあるシングルマザーの物語が「わたしは、幸福(フェリシテ)」(FELICITE)(2017年 フランス・セネガル・ベルギー・ドイツ・レバノン)である。監督は、これが長編4作目のセネガル系フランス人監督アラン・ゴミス。第67回ベルリン国際映画祭銀熊賞審査員グランプリ)を受賞した。

主人公はフェリシテ(ヴェロ・ツァンダ・ベヤ)という女性。フェリシテというのは、タイトルにもあるように「幸福」という意味のようだ。生まれた時は違う名前だったが、幼い頃に一度死にかけた彼女に対して、幸せになるようにと改めてつけられた名前らしい。

だが、名前と裏腹に幸せとは縁遠い人生だった。キンシャサの酒場で歌いながら、夫と別れて一人息子を育てるシングルマザーのフェリシテ。お金に苦労しながら日々を過ごしていた。

映画の冒頭は酒場のシーンだ。賑やかな酔客たちの間で、フェリシテはほとんど表情を変えない。何やら不機嫌そうにも見える。ところが、ひとたび歌い出すとその雰囲気がまったく変わる。力強い歌声を発しながら、彼女は生き生きと輝いていくのだ。

だが、現実生活は厳しい。家では冷蔵庫が故障する。どうやらかなり古いものらしい。そこに修理にやってきたのはタブーという男。実はこの男、いつも酒場に入り浸り、酒癖&女癖が極端に悪い人物として知られていたのだ。

そんな中、病院からフェリシテに連絡が入る。息子が交通事故に遭い重傷を負ってしまったというではないか。慌てて駆けつけると血だらけの息子は大部屋に寝かされ、医師は手術が必要だと告げる。だが、そのためには手術代を前払いする必要がある。

フェリシテにそんな余裕はない。それでも愛する息子のために、彼女は必死で金策に走る。酒場の客などにカンパを募ったり、別れた夫や親戚に金を借りに行く。その中では、「葬式代なら出すが手術代なんて……」などという冷淡な言葉も浴びせられる。

こうして手術代をかき集めたフェリシテだったが、病院に行くとまたしても医師から衝撃の事実が告げられる。命の危険があったから、息子の足を切断してしまったというのである。フェリシテは絶望して歌が歌えなくなる。息子もショックで抜け殻のようになる。

ここまでのストーリーを聞くと、コンゴの医療制度などの社会問題を背景に、フェリシテの苦難を描く社会派ドラマに思えるかもしれない。たとえば、ダルデンヌ兄弟の作品のような。

確かにそうした要素も見られる。町を行くフェリシテの背景には、コンゴの街のようすや人々が頻繁に映し出される。そこには貧富の格差など、コンゴの今がクッキリと刻み込まれている。

だが、本作の核心は、やはりフェリシテの内面にある。無表情の奥にある微妙な心理の揺れ動きを、手持ちカメラやアップの多用によって繊細に描き出していく。光と闇を効果的に対比させるなど、細かな映像テクも駆使されている。

そして何よりも印象的なのが、フェリシテの夢などの鮮烈なイメージショットだ。特に夜の森の中の美しく妖しいシーンが秀逸である。そこに登場する不思議な生き物は、エンディング近くの酒場にも現れ、フェリシテの心情に寄り添う。

フェリシテの活力に満ちた歌と対になる形で奏でられる、現地のアマチュアによるオーケストラや合唱団の清らかな演奏も心にしみる。深い意味を持つらしい詩なども登場し、独特の情感を醸し出す。

同時に、それは今のコンゴのドラマという枠を越えて、本作をより根源的かつ普遍的なものへとつなげていく。悠久の歴史を持つアフリカの大地、神の存在、人間の生と死など様々なものがドラマの根底に垣間見えるのである。

運命に翻弄されて歌えなくなったフェリシテだが、最後には再生が訪れる。そこで大きな役割を果たすのが、タブーの存在だ。彼と接するうちに、フェリシテも息子も少しずつ心がほぐれていく。とはいえ、フェリシテと彼の関係はありきたりの男女関係ではない。タブーは最後まで酒癖の悪い好色男のままだ。それでも、2人の間には何やら温かな空気が流れる。

その温かな空気は、スクリーン全体を覆う。終盤でのフェリシテと息子、タブーのシーン。ほとんど笑顔を見せなかったフェリシテが、見せる笑顔が印象的だ。ラストで引用される詩も独特の味わいを生む。

主演のヴェロ・ツァンダ・ベヤは、これが初めての演技だということだが、力強い歌声はもちろん、多くのことを物語る眼の表情が素晴らしい。

ストレートな感動などは期待しないほうがいいだろう。どのようにも解釈できる抽象的な表現も多い。だが、ここにはアフリカ独特のリズムがある。音楽に身をゆだねるように観ていれば、一人の女性のリアルな生き方が自然に伝わってくるはずだ。

●今日の映画代、1300円。TCGメンバーズカードの会員料金で。

◆「わたしは、幸福(フェリシテ)」(FELICITE)
(2017年 フランス・セネガル・ベルギー・ドイツ・レバノン)(上映時間2時間9分)
監督・脚本:アラン・ゴミス
出演:ヴェロ・ツァンダ・ベヤ、ガエタン・クラウディア、パピ・ムパカ、カサイ・オールスターズ
ヒューマントラストシネマ渋谷、ヒューマントラストシネマ有楽町ほかにて公開中。全国順次公開予定
ホームページ http://www.moviola.jp/felicite/