映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「ブリムストーン」

「ブリムストーン」
新宿武蔵野館にて。2018年1月12日(金)午後1時40分より鑑賞(劇場1/C-6)。

洋の東西を問わず天才子役は消えていく。幼い頃に強烈な印象を残せば残すほど、そのイメージが足を引っ張って、大人の俳優としての成長を妨げてしまう。スクリーンから消えるだけならまだしも、人生そのものから転落してしまう子役も珍しくない。

ダコタ・ファニングも天才子役として一世を風靡した。何といっても印象深いのは、2001年の「I am Sam アイ・アム・サム」だろう。ショーン・ペン演じる知的障害のある父親の娘役で、あまりのかわいらしさと健気な演技によって一躍大ブレイクした。

その後も彼女は、デンゼル・ワシントンロバート・デ・ニーロトム・クルーズなどと共演する売れっ子子役として活躍した。そして、大人になったダコタはどうなったのか?

オランダのマルティン・コールホーヴェン監督が手がけた「ブリムストーン」(BRIMSTONE)(2016年 オランダ・フランス・ドイツ・ベルギー・スウェーデン・イギリス・アメリカ)は、そんなダコタの大人の女優としての成長ぶりを、より明確にスクリーンに刻み付けた作品である。

舞台となるのは西部開拓時代のアメリカ。主人公は小さな村で助産師をしながら、夫と2人の子どもと穏やかに暮らすリズ(ダコタ・ファニング)。彼女はオランダからの移民であることが、あとになってわかる。そして彼女は耳は聞こえるものの、言葉を発することができなかったのだ。

そんなある日、彼女の住む村に顔に傷のある牧師(ガイ・ピアース)が現われる。何やら不気味な雰囲気を漂わせた男だ。彼を見るリズの目には明らかに普通でない光が宿っていた。そして牧師もまたリズを憎悪に満ちた目で見ていた。

まもなく教会での礼拝の後に、村の女が産気づく。リズは彼女の出産を手伝うが、子供は死産となってしまう。女の夫は、それをリズのせいだとして、彼女を攻撃しようとする。そして、牧師もまたリズを責め、「汝の罪を罰しなければならない」と告げる。リズは、家族に危険が迫っていることを伝えるのだが……。

1人の女性が得体の知れない人物によって追いつめられていく。そんなどこかで聞いたようなスリラー映画だと思ったら、本作はそんな簡単なものではなかった。全体の切り口は西部劇風スリラーなのだが、そこに描かれているのは壮絶かつ壮大な叙事詩なのだ。

この映画は「啓示」「脱出」「起源」「報復」という4章立てになっている。1章の「啓示」では、リズが牧師と出会い、運命を狂わせられるまでが描かれる。そして続く2章は時間をさかのぼって、彼女がその村に住むまでが描かれる。荒野をさまようリズはまもなく助けられるものの、売春宿に売られてしまう。そこからの脱出劇を通して、彼女がなぜ口がきけなくなったかが語られる。牧師との関係もおぼろ気に浮かぶ。

続く3章は、さらに時間をさかのぼる。そして、ついにリズの正体と牧師との関係が明らかになる。

1~3章を通して描かれるのは、女性蔑視の時代に虐げられた女たちの悲痛な叫びと、そこからの決起である。リズの母親は夫に虐げられ、反抗することもできずに滅んでいく。そのあまりに悲しい運命がリズの行動の源泉になる。母親とは違う人生を歩むべくリズはついに決起する。だが、そこには大変な困難が待ち受けている。それでも彼女はひるまずに前に進もうとする。

つまり、この物語は理不尽な支配に苦しむ女たちの年代記であり、そこから抜け出そうとするリズの一代記なのだ。それはあまりにも壮絶で、ときには目を覆いたくなる暴力シーンなどもある。だが、けっして目をそらしてはいけない。それもまたリズと女たちの闘いの記録なのだから。

さらに、本作は宗教のある一面を突いてもいる。牧師はとんでもない変態野郎なのだが、それを宗教と結びつけて、すべての行動を神の名のもとに正当化する。建国期のアメリカのキリスト教の極端な面を背景にしているとはいえ、それはあらゆる宗教にも通じることだろう。カルト宗教が起こす様々な事件を見るまではなく、宗教の持つ危うさが垣間見えてくる映画でもある。

3章ですべてが明らかになり、4章で時系列は再び1章につながる。牧師の魔の手を逃れようとするリズだが、そうたやすくは逃げおおせない。そのためドラマはすさまじい復讐劇へと突入していく。手に汗握るスリリングな展開。その果てに待っているのはカタルシスだ。なるほど、最後は西部劇風スリラーらしい観客をほっとさせるエンディングなのね。

と思ったらそうは問屋が卸さなかった。なんとその先には意外などんでん返しが待っていた。多少のやりすぎ感もないわけではないが、哀愁と余韻が残るエンディングで、壮大な叙事詩である本作の締めくくりにふさわしいものだろう。

マルティン・コールホーヴェン監督の重厚な演出が光る。ヒリヒリするような緊迫感、舞台となる様々な土地柄や季節の空気感などがよく伝わってくる演出だ。

そして何よりもダコタ・ファニングの見事な演技が見逃せない。とても23歳とは思えない貫禄さえ感じさせる演技だ。西部劇風スリラーを壮大な叙事詩に深化させた最大の立役者は、彼女かもしれない。まさに天才子役が、見事な大人の女優に成長した稀有な例だろう。

ちなみに、彼女の妹のエル・ファニングも昨年公開の「20センチュリー・ウーマン」「パーティで女の子に話しかけるには」で、魅力的な演技を見せていた。何という姉妹やねん!!

おっと、忘れるところだった。もう一人、忘れてはいけない役者がいた。得体の知れない牧師を演じたガイ・ピアースである。この世のものとは思うないほどの憎々しさと、狂気(特に宗教と結びついた)を見事に演じきっていた。あんなオッサンが本当にいたら怖くて表を歩けませんぜ。ホントに。

観終わって良い意味での徒労感が押し寄せてきた作品である。それほど観応え十分だったのだ。

●今日の映画代、1500円。新宿武蔵野館のクーポン(WEBで誰でも入手可能)で300円引き。

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◆「ブリムストーン」(BRIMSTONE)
(2016年 オランダ・フランス・ドイツ・ベルギー・スウェーデン・イギリス・アメリカ)(上映時間2時間48分)
監督・脚本:マルティン・コールホーヴェン
出演:ガイ・ピアースダコタ・ファニングエミリアジョーンズ、カリス・ファン・ハウテンキット・ハリントン、ジャック・ホリントン、ヴェラ・ヴィタリ、カルラ・ユーリ
新宿武蔵野館ほかにて公開中。全国順次公開予定
ホームページ http://world-extreme-cinema.com/brimstone/