映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「ジュピターズ・ムーン」

ジュピターズ・ムーン
新宿バルト9にて。2018年2月1日(木)午前11時10分より鑑賞(シアター5/D-14)。

2014年製作のハンガリー映画で第67回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門グランプリを獲得したコルネル・ムンドルッツォ監督の「ホワイト・ゴッド 少女と犬の狂詩曲(ラプソディ)」を観た時には、ぶっ飛んでしまった。孤独な少女の愛犬の受難と反乱を描いたドラマなのだが、冒頭でブダペストの街の中を大量の犬たちが疾走するのだ、その数なんと250匹!

そのムンドルッツォ監督の最新作が「ジュピターズ・ムーン」(JUPITER HOLDJA)(2017年 ハンガリー・ドイツ)である。前作で250匹の犬を解き放ったムンドルッツォ監督、今回もユニークな仕掛けをしている。ある難民青年に空中浮遊をさせているのだ。

大量のシリアからの難民がハンガリー入国を試みるところから、ドラマが始まる。その中には父とともにやってきた青年アリアン(ジョンボル・イェゲル)がいる。だが、混乱の中で父とはぐれ、国境を越えようとしたところで国境警備隊の男ラズロ(ギェルギ・ツセルハルミ)に銃撃されてしまう。

まもなく瀕死の重傷を負ったアリアンは、難民キャンプで働く医師シュテルン(メラーブ・ニニッゼ)のもとへ運び込まれる。シュテルンの診察を受けたアリアンは、彼の目の前で重力を操って空中浮遊してみせる。そう。銃撃のショックで、彼は不思議な能力を身に着けてしまったのである。

どうしてアリアンは不思議な能力を身に着けたのか。その理由が明かされることはない。映画の冒頭で木星とその月のことが語られるので(タイトルもそこから来ている模様)、それに関係しているのかもしれないが、きちんとした説明が行われることはない。

だが、この空中浮遊が何とも味があるのだ。ハリウッド映画のように、CG全開でグワングワン空を縦横無尽に飛び回ったりはしない。まさにゆらゆらと浮遊している感じ。手足を奇妙に揺らしながら空に舞い上がっていく。何でも役者をクレーンやワイヤーで吊って撮影した映像がほとんどだという。それがこのドラマに絶妙にマッチしているのである。

空中浮遊するアリアンを見たシュテルンの頭に、ある考えが浮かぶ。彼は医療ミスで患者を死亡させ、遺族から訴訟を起こされたため、病院をクビになり、難民キャンプで働いていたのだ。もう一度病院に戻るには、訴訟を取り下げてもらう必要がある。そのためには大金がいる。そこで、シュテルンは恋人のヴェラ(モーニカ・バルシャイ)にも協力してもらい、違法に難民を逃して金を稼いでいた。そこで彼は、アリアンの能力を金儲けに利用しようと思いつくのである。

とはいえ、サーカスに売ろうとか、見世物にしようとか、そういうことではない。お金持ちの患者のところに往診して、空中浮遊を見せるのだ。それを見た患者は、神がかった奇跡を目にして、信仰心を刺激されてお金を払うのである。

ここで効いてくるのが、アリアンの独特の飛び方だ。それはあたかも天使を連想させる。だから、なおさらそれを見た相手は、宗教心や信仰心を刺激されてしまうわけだ。

その一方で、アリアンは人種差別的な言辞を弄する患者に対して、ワイルドな空中浮遊を披露して、相手を混乱させ、自殺にまで追い込んでしまう。あるいは、安楽死を願う患者に対して、それをかなえてしまったりもする。

そうした展開を通して、この映画から様々なテーマや背景が浮上してくる。難民問題はもちろん、人種差別や貧富の格差、拝金主義、宗教の問題など、現代社会が抱える様々な問題が見えてくるのである。

本作をジャンル分けすればSFサスペンスということになるだろう。違法な銃撃を揉み消したいラズロは、口封じのためにアリアンの行方を追う。当然ながら、彼と行動を共にするシュテルンも狙われる。その追及から逃れる2人の逃避行が描かれる。ハラハラドキドキのスリリングな場面もあちこちにある。

特に途中で自爆テロが起きるあたりからは、活劇的な要素が増えてくる。ド派手なカーチェイスや銃撃戦まで飛び出して、スリリングさが高まっていく。

だが、ただのSFサスペンスではない。そうした逃避行を通して、最初はアリアンを金儲けの道具としか見なかったシュテルンが変化していく。彼は孤独な男であり、後半に進むにつれて、ますますその孤独を際立たせる出来事が起きていく。そうした中で、彼はアリアンの存在を、「自分にとってのメッセージに違いない」と思うようになるのだ。

それが象徴されたラストの出来事には、思わず息を飲んでしまう。そこでのアリアンの空中浮遊は、まさに天使の羽ばたきのように感じられたのである。

前作で素晴らしい映像を紡いだムンドルッツォ監督だが、今回も魅力的な映像で観る者を惹きつける。アリアンの空中浮遊をとらえた美しく謎めいた映像、カーチェイスをはじめとした緊迫感漂う映像など、時にはアップを多用したり、時には長回しを使うなど、変幻自在のカメラワークが印象的だ。

この監督、ハリウッドで普通のアクションやサスペンスを撮っても、それなりの映画に仕上げてしまうのではないだろうか。そんな力量の高さを感じさせる。

と思っていたら、次作はブラッドリー・クーパーガル・ガドット出演の映画「Deeper」(原題)らしい。どんな映画なのか詳しくは知らないが、そちらも大いに楽しみである。

●今日の映画代、1100円。毎月1日はほぼすべての映画館がこの料金。

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◆「ジュピターズ・ムーン」(JUPITER HOLDJA)
(2017年 ハンガリー・ドイツ)(上映時間2時間8分)
監督:コルネル・ムンドルッツォ
出演:メラーブ・ニニッゼ、ギェルギ・ツセルハルミ、ジョンボル・イェゲル、モーニカ・バルシャイ
新宿バルト9ほかにて全国公開中
ホームページ http://jupitersmoon-movie.com/