映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「犬猿」

犬猿
テアトル新宿にて。2018年2月12日(日)午後12時20分より鑑賞(C-11)。

兄弟、姉妹というのは面倒なものだ。幼い頃から一緒に育ち、何かと比較されるうちに、お互いに様々な感情が渦巻いてくる。ただし、どんなにお互いを嫌悪していても、そこは肉親であるだけに簡単に関係を切れるものではない。

そんな兄弟、姉妹、2組の愛憎劇を描いたのが吉田恵輔監督の「犬猿」(2017年 日本)である。

吉田監督といえば、「純喫茶磯辺」「さんかく」「ばしゃ馬さんとビッグマウス」「麦子さんと」「銀の匙 Silver Spoon」「ヒメアノ~ル」など様々な映画を監督してきた。オレも何本かは観ているが、なかなか面白い作品を撮る監督だ。本作は、その吉田監督による4年ぶりのオリジナル作品である。

まず映画の冒頭が気が利いている。いきなり映画の予告編が始まる。オレは一瞬「あれ、まだ本編始まらないのか?」と思ったのだが、これも立派な本編だった。ベタな恋愛映画の予告編で、観客が「感動しました!」などと言うベタベタなヤツだ。その予告編を車の中で見ているのが、主人公の一人、金山和成(窪田正孝)である。

和成は地方都市の印刷会社の営業マンとして働いている。父親が連帯保証人になって作ってしまった借金をコツコツ返しながら、慎ましい生活を送る真面目な青年だ。

その和成が、ヤクザに因縁をつけられる。ところが、和成の兄の名を知ったヤクザは急にビビってしまう。そうなのだ。和成の兄・卓司(新井浩文)は、そのへんのヤクザもビビる乱暴者なのだ。おまけに金遣いも荒い。和成とは対照的な人物なのである。

まもなく強盗事件で刑務所に入っていた卓司が出所してきて、和成のアパートに転がり込む。相変わらず乱暴で、金遣いが荒いまま。気に入らない相手をボコボコにしたり、部屋にデリヘル嬢を呼んだり、和成に金をたかるなどやりたい放題。そんな兄に和成は振り回されていく。

一方、和成に思いを寄せる女性がいる。取引先の印刷所を営む幾野由利亜(江上敬子)だ。親から引き継いだ会社を切り盛りする彼女は、有能で仕事のデキる女だが、残念ながら容姿に難がある。

そして彼女にも対照的な妹・真子(筧美和子)がいる。事務を手伝っている彼女だが、要領が悪くて仕事ができない。ただし、容姿は姉と似ても似つかない美人で、仕事の傍ら芸能活動もしていた。ちなみに彼女は、冒頭に登場した予告編にも客の役として出演している。

というわけで吉田監督は、この2組の好対照な兄弟、姉妹の日常から、彼らが抱える様々な感情をすくい取っていく。トラブルメーカーの兄を嫌う和成。そんな弟を小さい奴だと見下す卓司。仕事も出来ないのに見た目で周囲からチヤホヤされる真子に苛立つ由利亜。ぶくぶく太りオシャレにも気を使わない姉を小バカにする真子。

コンプレックスや軽蔑、嫉妬など兄弟、姉妹間に渦巻く複雑な感情を、セリフはもちろん、ちょっとしたしぐさや視線なども使って巧みに表現していくのである。焼き肉やチャーハンなどの料理、洋服、車といった様々なアイテムを効果的に使っているのも印象深い。

笑いどころが満載なのも、いかにも吉田監督の作品らしい。特に、今回は由利亜を演じるお笑いコンビ“ニッチェ”の江上敬子のキャラで笑わせてくれる。和成とデートした時のダメっぷりや、妄想を膨らませて一人で踊りまくるシーンなど思わずニヤついてしまう。和成役の窪田正孝、卓司役の新井浩文(イヤな奴をやらせたらピカイチ!)もハマリ役だし、真子役の筧美和子の「いかにも」という感じの演技も素晴らしい。兄弟、姉妹それぞれの丁々発止の会話も笑いを生み出している。

ドラマの進行とともに、どんどんイラつきを増幅させていくのが和成と由利亜だ。和成の兄・卓司はなぜか羽振りがよくなり、父親の借金を返したり、和成に車を買い与えようとする。そんな兄に対して、和成はイラつきを募らせていく。

一方、真子は姉が思いを寄せているのを知りながら、和成とつきあうようになる。それを知った由利亜は、表面的には平静を装いつつも、妹に対するイラつきをどんどん増幅させていくのである。

ただし、そうした負の感情を抱えつつ、完全には切れないのが兄弟、姉妹の仲。肉親ならではのそうした微妙な関係性も含めて、兄弟、姉妹という存在の面倒臭さをキッチリと描き出しているのが本作だ。

とはいえ、どうしても我慢できない感情もある。終盤には、ついに兄弟、姉妹がそれぞれぶつかり合う。そこではセリフによるバトルを展開するのだが、途中でそれをストップして無音のバトルに転換するところが面白い。それぞれの胸中の複雑な思いをより際立たせる仕掛けである。

そして、その後に待っているのは驚きの展開。兄弟、姉妹それぞれの大事件をリンクさせて、ある場所に両者を集結させる。そこでは、兄弟、姉妹の幼少時代が、光に満ちた映像で挿入されたりもする。

正直なところ、ここは定番寄りというか、ちょっとあざとさも感じてしまった。あそこまでストレートに感情に訴えるような展開には、しなくてもよかったのではないだろうか。

ただし、ラストのオチを見て「なるほどなぁ」と思ったのも事実。あの終盤の定番寄りの展開からすれば、「やっぱり兄弟って素敵」というようなオチに持っていくのが常道だろうが、吉田監督はあえてそれをはずす。「しょうがねえなぁ。コイツら」とつい苦笑してしまうラストなのである。

面倒臭い兄弟や姉妹の関係を、実にうまくとらえた映画だと思う。特に兄弟、姉妹がいる人は納得してしまうのではないだろうか。

●今日の映画代、1300円。TCGメンバーズカードの会員料金。

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◆「犬猿
(2017年 日本)(上映時間1時間43分)
監督・脚本:吉田恵輔
出演:窪田正孝新井浩文江上敬子筧美和子阿部亮平、木村知貴、後藤剛範、土屋美穂子、健太郎、竹内愛紗、小林勝也角替和枝
テアトル新宿ほかにて全国公開中
ホームページ http://kenen-movie.jp/