映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「blank13」

blank13
シネ・リーブル池袋にて。2018年2月28日(水)午後2時30分より鑑賞(シアター2/H-6)。

家族の死後に、思いもしない事実が明らかになるというのはよくある話。それが長期間音信不通の人物だったりしたら、それはもう意外な事のオンパレードだろう。

blank13」(2017年 日本)は、まさにそんな作品だ。俳優・斎藤工(監督名は齊藤工)の長編初監督作品(ショートフィルムなどは過去にも監督しているようだ)で、放送作家のはしもとこうじの実話を基にした家族の物語である。

ドラマはある男の葬儀から始まる。主人公のコウジ(高橋一生)の父親・雅人(リリー・フランキー)の葬儀。その受付に来る参列者。だが、それは隣の寺で行われている別人の葬儀の参列者だった。亡くなった人物が同姓だったため、間違えてしまったのだ。向こうは盛大な葬式が営まれている。一方、こちらの葬儀は実に寂しいもの。葬儀場が簡素なら、参列者もわずかしかいない。

前半に描かれるのは、過去に起きた出来事である。ギャンブルに溺れて多額の借金を作った雅人。借金取りが家に押しかけ、母の洋子と兄のヨシユキ、コウジ、そして雅人は隠れるようにひっそりと暮らす。まもなく雅人は失踪する。残された洋子は、2人の子供を育てるために身を粉にして働く。家族は大変な辛酸をなめる。

それから13年後(「blank13」というタイトルはそこから来ているようだ。ずっと音信不通だった雅人が見つかる。だが、がんを患った雅人の余命はわずか3カ月だった。雅人に苦しめられた母の洋子(神野三鈴)と兄のヨシユキ(斎藤工)は、どうしても彼を許すことができず見舞いに行かない。

それに対して、コウジだけは病院を訪ねる。父の失踪当時はまだ幼くて、一緒にキャッチボールをしたり、甲子園に行った思い出があるのだ。母と同様に父を嫌悪しつつも、心のどこかで愛着も残すコウジ。

そんな家族の姿を齊藤監督は抑制的に描く。最低限のセリフだけで、人物の表情やほんのわずかなしぐさから、その微妙な心理の機微を映しとっていく。特に、病院で久々の再会をした親子が屋上で対面するシーンが秀逸だ。2人の心の動きがリアルに伝わってくる。コウジがバッティングセンターで何かを振り払うかのように必死にバットを振ったり、恋人のサオリ(松岡茉優)に妊娠を告げられた時の複雑な表情なども印象深い。

本作は長編とはいえ70分の尺。その中盤あたりで、ようやく「blank13」のタイトルがスクリーンに映し出される。

そこからは作風が一変する。落ち着いたトーンの配色の映像こそ前半と共通するものの、映画のタッチはまったく違う。そこでは何が描かれるのか。葬儀場での参列者による思い出話だ。遺された家族の前で、数少ない参列者たちは故人である雅人との思い出を語っていく。

麻雀仲間、仕事仲間、同居していた男(?)、病院で同室だった者などなど。彼らは雅人の意外な一面を語る。スナックのママの悩みを聞いてあげたり、知人の母の手術代を工面したり、困っている知人を同居させたり。

どうやらこの場面、役者たちはアドリブで演技しているらしい。しかも、演じるのは佐藤二朗村上淳織本順吉神戸浩ら個性派揃いである。その突き抜けた演技が笑いを誘う。例えば、村上淳演じる男が雅人の遺体からプラチナの歯を抜こうとするなど、完全にコメディの世界だ。

ただし、オバカ映画にはなっていない。役者たちのはじけた演技が暴走の域に突入する前に、齋藤監督はうまく寸止めしているのだ。

それによって、彼らの話を聞いたコウジとヨシユキが心を惑わせられる様子が、リアルに伝わってくるのである。自分の知らなかった父の意外な側面を知り、それぞれの心の中で固く塗り固められていた父に対する思いが、少しずつ崩れていくのだ。葬儀の最後でのコウジとヨシユキの挨拶が、彼らの素直な感情を吐露していて胸に響く。

そして、喪服を着て家を出ながらも、なかなか葬儀場へ足が向かない洋子の最後の表情が余韻を残す。その胸に去来するものはどんな思いなのか、あれこれと想像してしまうのである。

役者陣がいずれも素晴らしい映画だ。リリー・フランキー松岡茉優らはいつも通りの見事な演技だし、高橋一生、神野美鈴、斎藤工らの繊細な感情表現も見逃せない。福士誠治蛭子能収をはじめ有名人がちらりとだけ出てくるのも楽しいところ。

70分の尺だし、ほぼ二部構成の実験的な作品だが、観終わった余韻はなかなかのものだった。齊藤監督の思いは充分に伝わってきたのである。

●今日の映画代、1100円。水曜サービスデーで。

◆『blank13
(2017年 日本)(上映時間1時間10分)
監督:齊藤工
出演:高橋一生松岡茉優斎藤工、神野三鈴、大西利空、北藤遼、織本順吉、川瀬陽太、神戸浩伊藤沙莉村上淳、岡田将孝、くっきー、大水洋介、昼メシくん、永野、ミラクルひかる、曇天三男坊、豪起、福士誠治大竹浩一細田香菜、小築舞衣、田中千空、蛭子能収、杉作J太郎、波岡一喜森田哲矢榊英雄金子ノブアキ、村中玲子、佐藤二朗リリー・フランキー
シネ・リーブル池袋ほかにて公開中
ホームページ http://www.blank13.com/