映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「15時17分、パリ行き」

「15時17分、パリ行き」
ユナイテッド・シネマとしまえんにて。2018年3月2日(金)午前9時20分より鑑賞(スクリーン9/E-11)。

相変わらずコンスタントに作品を送り出すクリント・イーストウッド監督。1930年生まれということは……今年88歳!!!!! 何という元気さだろう。しかも、どの映画も半端なくレベルが高いのだ。

最新作「15時17分、パリ行き」(THE 15:17 TO PARIS)(2018年 アメリカ)は、2015年に実際に起きたテロ事件をネタにした作品。そこでテロ犯人と対決した3人の若者を描いている。

2015年8月21日、オランダのアムステルダムからフランスのパリへ向かう高速列車タリスの中で、銃で武装したイスラム過激派の男が無差別テロを起こそうとする。その列車にたまたま乗り合わせていたのは幼なじみの3人の青年。米空軍兵のスペンサー・ストーンとオレゴン州兵のアレク・スカラトス、そして2人の友人のアンソニー・サドラー。彼らは男を取り押さえ、大惨事を防ぐことに成功する……。

冒頭に描かれるのは3人の若者が列車に乗り込むシーン。だが、すぐに場面は彼らの子供時代に飛ぶ。白人のスペンサーとアレクは学校では落ちこぼれの問題児。キリスト教系の学校に転校するが、そこでも厳しい指導について行けず、相変わらずの落ちこぼれ状態だ。そんな中で、彼らは同じく問題児(というか、彼ら以上に問題児)の黒人少年アンソニーと知り合い仲良くなる。

途中で何度かはテロ事件が発生するまでの車内の様子が映し出されるのだが、前半は基本的に3人の成長のドラマが描かれる。

その中でも、特に焦点が当てられるのがスペンサーだ。彼は青年になるとアメリカ空軍の兵士になる。子供時代にサバゲーや銃器に夢中になっていただけに、敵をぶっ倒したいのかと思ったらそうではなかった。戦争で人を救いたいと、レスキュー部隊を志願するのだ。

しかし、必死で努力して減量に成功するなどしたのに、目の検査ではねられ違うところに配属されてしまう。そこはひたすら敵から逃れ、生き延びる方法を身に着ける部隊。そこでも彼は落ちこぼれたままだ。

一方、オレゴン州兵のアレクはアフガンに派遣されたものの、すでにそこは戦場ではなく、追いはぎや盗人に警戒する日々。華々しい活躍などできるわけがない。

要するにスペンサーもアレクも、子どもの頃から挫折だらけでイケてない日々を過ごし、それでも横道にそれたり、暴走することなく、何とか暮らしている青年なのである。それが何の因果かヒーローになってしまう。それこそが、この映画の肝になる構図なのである。

そんな2人はアンソニーを誘ってヨーロッパ旅行に出かける。映画の中盤以降は旅行先での彼らの姿が描かれる。といっても、大事件が起きるわけではない。スペンサーとアンソニーは、イタリアの観光名所を巡り、自撮り棒で写真を撮り、遊覧ボートで知り合った女性とご飯を食べる。

また、アレクは単独でドイツに行き、アメリカで知り合った留学生の女の子と楽しく過ごす(彼のルーツがドイツにあることもドイツ行きを後押ししたようだ)。

やがて3人はアムステルダムで合流。クラブではしゃぎまわって二日酔いになる。て、本当にただの旅行じゃないか! 何でこんなものを延々と見せるのだ???

と思ったのだが、最後まで観て納得した。この旅行シーンには、彼らがヒーローでもなんでもないただの若者だということを、強烈に印象付ける効果があるのだ。

では、どうしてそんな若者がテロ事件で活躍したのか。それは「困っている人を助けたい」「誰かの役に立ちたい」という、しごく真っ当な考えを持ち続けていたからだろう。「それこそが、人間にとって最も大切なものではないのか」というイーストウッド監督の声が聞こえてきそうである。

終盤、いよいよテロ事件が起きる。銃で武装した男が客たちの前に出現する。だが、犯人はあっさりやっつけられてしまう。3人の若者が犯人の目を逃れてチャンスをうかがって立ち向かう、などというタメのある展開はまったくない。

その代わりスペンサーは、銃で撃たれた乗客を必死で介抱し、何とか命を助けようと奮闘する。まさに彼の「人を救いたい」という思いが、そこにストレートに表れているわけだ。しかも、この一連の彼の奮闘には、軍で習った人命救助の方法や柔術の腕前が生かされている。そこから「人生、どんなことでも無駄になることはない」という教訓めいたものも感じられるのである。

テロを描いた作品にしては異色の作品だ。シンプルなヒーロー映画ではないし、ハラハラドキドキのサスペンスでもない。むしろ、ダメダメな若者たちの一瞬の輝きをとらえた青春ロードムービーといえるかもしれない。その中には、他者を追いやる心の大切さや、人生の摩訶不思議さといったテーマが包含されている。

「人生は何かに導かれている」というセリフに象徴されるように、彼らが列車に居合わせ、そしてテロを防ぎ、ヒーローになったのは偶然の積み重ねによるものだ。そうなった時に、はたしてあなたは彼らと同じように行動できるのか?イーストウッド監督は、そう観客に問いを投げかけているのではないか。

ストレートに感情を揺さぶられるようなドラマは期待しないほうがいい。途中では冗長に思える描写もある。それでも最後まで観ると捨てがたい魅力を持つ作品だ。

そして、この映画で最も異色なのは3人の若者たちを本人が演じていることだろう。もちろんプロの役者ではない。それが演技の巧拙を越えて、究極のリアルさを生み出している。事件が起きた列車に偶然乗り合わせていた乗客たちの多くも、本人役として起用されている。こんなことは前代未聞だろう。88歳にしてこんな大胆なことをしてしまうイーストウッドの若々しさにはただ脱帽するしかない。

●今日の映画代、1000円。毎週金曜の会員サービスデーで。

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◆「15時17分、パリ行き」(THE 15:17 TO PARIS)
(2018年 アメリカ)(上映時間1時間34分)
監督:クリント・イーストウッド
出演:アンソニー・サドラー、アレク・スカラトス、スペンサー・ストーン、ジェナ・フィッシャー、ジュディ・グリア、レイ・コラサーニ、P・J・バーン、トニー・ヘイル、トーマス・レノン、ポール=ミケル・ウィリアムズ、ブライス・ガイザー、ウィリアム・ジェニングズ
丸の内ピカデリーほかにてロードショー
ホームページ http://wwws.warnerbros.co.jp/1517toparis/