映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「ダウンサイズ」

「ダウンサイズ」
池袋シネマ・ロサにて。2018年3月10日(土)午後2時より鑑賞(劇場2/D-9)。

久々に行った池袋シネマ・ロサ。年季の入った老舗映画館で、設備的にはけっこう老朽化していてシネコンなどとは比べようもないが、何とも言えない味わいがある。ぜひ頑張って欲しいものだ。

この日鑑賞したのは「ダウンサイズ」(DOWNSIZING)(2017年 アメリカ)。少子化の日本だが、世界的に見れば人口増加による環境、食料問題の解決は大きな課題。それを背景にしたドラマである。監督は、「サイドウェイ」「ファミリー・ツリー」「ネブラスカ ふたつの心をつなぐ旅」などで知られるアレクサンダー・ペイン

冒頭に描かれるのは、ノルウェーの科学者が人間の身体を縮小する方法を発見する場面。その方法を使えば、身長180センチの人間が13センチにダウンサイズするのだ。まもなくその方法が公表され、実際にダウンサイズ化する人が現れ始める。

ダウンサイズ化のメリットは、食糧などすべてのものが少量で済み、環境に対する負荷が減ること。そして、本人にとっては、わずかなお金で生活できるので、今の生活に比べてはるかにお金持ちになれる。おまけに、小さくなることで誰でも豪邸に住むことができる。

そんな売り文句に惹かれたのが、アメリカのネブラスカ州オマハに住むポール・サフラネック(マット・デイモン)という平凡な男だ。作業療法士をしながら妻のオードリー(クリステン・ウィグ)と暮らすポールは、収入が少ないため、家を買おうと思ってもローンが組めない。そんな生活に嫌気がさして、夫婦でダウンサイズ化を決意するのだった。

前半はポールがダウンサイズ化を決意し、実際にその処置を受ける場面が面白おかしく描かれる。特に笑えるのが、何とも奇妙なダウンサイズ化の処置場面。全員が全身の毛をそられ、麻酔をかけられ、義歯類を抜かれ(そうしないと爆発するらしい)、ベッドの上で寝かされる。係員がレバーを押して少しすると一丁上がり。ポールをはじめとする人々が縮小している。その小さい人をスコップみたいなものですくって、回収していく様子が笑える。

その過程では、ダウンサイズ化した人と、そうでない人との確執のようなものも描かれる。ダウンサイズ化が普及し始めたといっても、まだ大半の人は今までのサイズのまま。そんな中、小さくなって裕福に暮らす人へのやっかみも強い。彼らは税金も少ししか払わないのに、選挙権も同じなのはけしからんというわけだ。このあたりには、何やら最近の排他的な世相も見て取れる。

さて、こうして小さくなったポールだが、衝撃的なことが起きる。女性病棟で同じくダウンサイズ化の処置を受けたはずの妻のオードリーが現れない。どうしたのかと思ったら電話がかかってくる。オードリーは「やっぱり嫌だ。小さくなりたくない!」と逃げ出したことを泣きながら告白するのである。

妻と幸せなダウンサイズ生活を送る計画は台無しになり、ポールは一人ぼっちで孤独な毎日を送ることになる。そんな彼が心の傷を癒して、本当の幸せを見つけるまでを描くのが後半のドラマだ。

そのきっかけになるのが風変わりな人々との出会い。夜ごと派手なパーティーをする金持ちの隣人ドゥシャン(クリストフ・ヴァルツ)、その友人の船長コンラッドウド・キア)、そして極めつけがベトナム人女性のノク・ラン・トラン(ホン・チャウ)だ。

彼女は、ベトナムで反体制デモを行い、当局に刑務所に入れられてダウンサイズ化されてしまった。そして逃亡の過程で片足を失ったのだ。ドゥシャンの家に掃除に来た彼女の歩き方を見たポールは、義足の具合が悪いと察知し(もともと作業療法士なので)、それがきっかけで2人の交流が始まる。

そのトランのキャラクターが秀逸だ。英語がやや拙いこともあり、完全なタメ口で、ポールをどんどん巻き込んでいく。そこにまたまた笑いが生まれる。彼女は貧しい人々が暮らすスラムのようなところに住み、周囲の困っている人々に優しく手を差し伸べている。ポールは、彼女を通して天国のように思われているダウンサイズ世界にも、そうではない部分があることを知る。そして自身も彼女のサポートをして、困った人々のサポートをするようになる。

それを通して2人はどんどん接近していく。ハジケたトランの言動に引きずられていくポール。その関係性が面白いから、2人のロマンスにも不自然さはなく、微笑ましく受け止められるのである。

終盤はまた新たな展開が待っている。ポールとトラン、ドゥシャン、コンラッドは、船でノルウェーに行く。そこにはダウンサイズの方法を発見した研究者がいて、初期のダウンサイズ人間たちのコロニーもある。

そこで研究者は驚くべき事実を語り、ある計画を打ち明ける。それは聖書の中のあるエピソードを想起させる計画だ。それを前にしてポールは自らの進路の決断を迫られる。迷った末に彼はどんな進路を選んだのか……。

ラストは、何気ないが実に温かなシーンだ。様々な迷走の末に、ポールがようやく幸せを見つけたことが伝わってきて、心地よい気持ちになれた。

というわけで、物語の基本構造はSFなのだが、展開されるのはヒューマン・コメディー。しかも、そこには社会風刺や皮肉がたっぷりと込められている。ペイン監督の過去作には、中年の危機、自分探し、ロードムービー、シニカルな笑いなどの要素が散りばめられていたが、そのエッセンスは本作のあちらこちらにも反映されている。

役者では、マット・デイモンの「いいやつだけど情けない」感が、今回も見事にハマっている。だが、それ以上に印象深いのが、ベトナム人女性を演じたホン・チャウ。彼女の存在なしに、この映画がここまで面白くなることはなかっただろう。彼女の演技だけで元を取った気分になれた。

いわゆるSF的なケレンはない。むしろ地味な映画といえるかもしれない。だが、ペイン監督らしい味わいに満ちている。いったいどこに転がるのか、予測不能の展開も魅力だ。ペイン監督の過去作が好きな人には絶対におススメできる映画だと思う。

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◆「ダウンサイズ」(DOWNSIZING)
(2017年 アメリカ)(上映時間2時間15分)
監督:アレクサンダー・ペイン
出演:マット・デイモンクリストフ・ヴァルツ、ホン・チャウ、ジェイソン・サダイキスウド・キアニール・パトリック・ハリスローラ・ダーンクリステン・ウィグ
*TOHOシネマズ日本橋ほかにて全国公開中
ホームページ http://downsize.jp/