映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「修道士は沈黙する」

修道士は沈黙する
Bunkamura ル・シネマにて。2018年3月20日(火)午後12時40分より鑑賞(ル・シネマ1/C-6)。

アルフレッド・ヒッチコック監督の「私は告白する」(1953年)は、強盗殺人の罪を告白された神父が、自ら罪を着せられながら聖職者として口を閉ざすという物語。この映画を多分に意識したと思われるのが、イタリアのロベルト・アントー監督の「修道士は沈黙する」(LE CONFESSIONI)(2016年 イタリア・フランス)である。劇中にも、「私は告白する」の話が登場する。

主人公はイタリア人修道士ロベルト・サルス(トニ・セルヴィッロ)。彼が、バルト海に面したドイツのリゾート地ハイリゲンダムの空港に降り立つところからドラマが始まる。まもなくサルスは迎えの車に乗って高級ホテルに向かう。そこでは、G8財務相会議が開催予定だった。

このサルスという修道士、最初から何だか怪しい雰囲気である。外見からしていかにもワケあり風で、ICレコーダーに「天国の天使が自らの務めを怠るとき 主は天使を永遠の暗い部屋に閉じ込める」なんてことをつぶやいて録音するのだ。実は、この言葉は本作のテーマと大きくかかわってくる。そしてこのICレコーダーも、ドラマで重要な役割を果たすことになる。

それにしてもG8財務相会議に、なぜ修道士が来ているのか。それは会議前夜の国際通貨基金IMF)のダニエル・ロシェ専務理事(ダニエル・オートゥイユ)の誕生祝いで明らかになる。そこには各国の財務大臣に加え、ロックスター、絵本作家、修道士という異色の3人のゲストが招かれていた。その修道士こそがサルスというわけだ。

しかも、サルスはただのゲストではない。ロシェが彼を招いた真の目的は、サルスに告解(キリスト教で聖職者に自らの罪を明かす行為)をしてもらうためだったのだ。だが、サルスがロシェから告解を受けた翌朝、ロシェは死体で発見される……。

というわけで、ロシェの死の真相をめぐるサスペンス・ミステリーが本作のドラマの核になる。はたしてロシェは自殺なのか、他殺なのか。各国の大臣やゲストたちはいずれも怪しい人ばかりだ。

その中でも、サルスは最後に会った人物として警察の捜査対象になる。しかし、サルスは戒律に従って沈黙を貫く。彼がロシェの告解を録音した可能性のあるICレコーダーはどこかに消えてしまう。監視カメラの映像や関係者からの聴取をもとに、警察は事件の真相を必死で探るが、なかなかたどり着けない。

……というあたりは、この手の定番パターンの展開とはいえ、なかなか観応えのある真相追及ドラマになっている。

そこで効いているのが、やっぱりサルスの意味深な言動だ。「戒律に従って沈黙を貫く」という設定もあって、セリフは必要最低限。それ以外の部分で様々な表情を見せる。例えば、告解の内容を問う大臣たちに対して、彼は鳥の絵を描いて示す。あるいは海辺で法衣を脱ぎ、突然泳ぎ出す。何とも大胆不敵で、謎めいた行動だ。そんなサルスを演じるトニ・セルヴィッロの含蓄ある演技が見ものである。

この映画はただのサスペンス・ミステリーでは終わらない。G8財務相会議では、ある取り決めが秘密裏に行われることになっていた。それは貧しい国にとって不利な取り決めであることが示唆される。それを通して、物質主義にまみれ、金が金を生み出すマネーゲームに没入する現在の権力者たちの姿が露わになる。そう。この映画は社会派映画でもあるのだ。

終盤では、それがさらに明確になる。大臣たちを前にしてサルスは、ロシェが彼に示したあるものを明らかにする。それが何かは伏せるが、冒頭近くで何気なく挟まれるシーンが伏線になっている。それに関してサルスの意外な前身も明かされる。

さらに、その後の葬儀シーンでサルスは自らの思いをストレートに語る。物質主義と世界的な格差の拡大に対して強く警鐘を鳴らすのである。その言葉はアンドー監督自身のメッセージと言ってもいいだろう。

ラストはややファンタジー風。サルスに従順に従う犬を通じて、もしかしたらサルスはこの世のものではなく、本物の神なのではないかとさえ思わせる。なかなかウィットに富んだエンディングだと思う。

あえて欠点を言えば、いろんな人物が激しく出入りするのと、終盤でドラマのポイントになるものが専門的でわかりにくいところだろうか。

とはいえ、監督の思いはよく伝わってくるし、今の世界の政治経済を巧みに反映させた社会派ミステリーとして、見応えがあるのは間違いない。

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◆「修道士は沈黙する」(LE CONFESSIONI)
(2016年 イタリア・フランス)(上映時間1時間48分)
監督:ロベルト・アンドー
出演:トニ・セルヴィッロ、ダニエル・オートゥイユコニー・ニールセン、ピエルフランチェスコ・ファヴィーノ、マリ=ジョゼ・クローズ、モーリッツ・ブライブトロイ、ランベール・ウィルソン、リヒャルト・サメル、ヨハン・ヘルデンベルグ伊川東吾、アレクセイ・グシュコフ、ステファーヌ・フレス、ジュリアン・オヴェンデン、ジョン・キーオ、アンディ・デ・ラ・トゥアー、ジュリア・アンドー、エルネスト・ダルジェニオ
Bunkamura ル・シネマほかにて公開中。全国順次公開予定
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