映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「メイド・イン・ホンコン/香港製造」

「メイド・イン・ホンコン/香港製造」
ヒューマントラストシネマ有楽町にて。2018年3月21日(水)午後1時50分より鑑賞(スクリーン1/D-12)。

まだオレに多少の経済的余裕があった頃。中国返還前の香港に何度か足を運び、その魅力にはまったのではあるが、その後は貧乏生活ゆえ一度も訪れていない。いったい今はどんな街になっているのだろうか。

フルーツ・チャン監督の「メイド・イン・ホンコン/香港製造」(香港製造/MADE IN HONG KONG)(1997年 香港)は、返還を目前に控えた1997年の作品。香港のダウンタウンに住む少年少女の姿をリアルに描き出した青春映画で、わずか5人のスタッフで製作がスタートした低予算映画ながら香港で大ヒットした。そして、このほど4Kレストア・デジタルリマスター版となってリバイバル公開されたのである。

舞台になるのも1997年の香港。主人公の青年・チャウ(サム・リー)は、中学を中退して、黒社会のボスの下で借金の取り立てを手伝っている。彼は知的障がい者のロン(ウェンダース・リー)がイジメられているのを見かねて、兄貴分となって彼を守っていた。つまり、ヤクザの使いっ走りをしていても、本質的にはいいヤツなのだ。

ある日、チャウは借金の取り立てに行った家で、ベリーショート姿が魅力的な少女・ペン(ネイキー・イム)と出会う。そんな中、ロンは女子学生・サン(エイミー・タム)の飛び降り自殺の現場に偶然立ち合い、彼女の遺書を拾ってしまう。チャウはペンとロンを連れて、サンの遺書を宛名の相手に渡しに行くことを決意する。

そうするうちに、チャウはペンに恋心を抱くようになる。だが、彼女は腎臓病に侵されており、移植手術ができなければ余命はわずかだった……。

全編が若々しいエネルギーに満ちあふれた作品だ。当時の香港の底辺にいる若者たちの青春が、生き生きと描かれている。ただし、それは光だけではない。闇も同時に併せ持つ。青春の光と闇の両面が鮮烈かつスタイリッシュな映像で、スクリーンに刻まれた作品なのだ。

物語の軸になるのは恋愛だ。主人公のチャウは、中国大陸出身の愛人のもとに走った父が家出し、パート勤めの母と二人で暮らしている。その母親も、やがて家を出てしまう。一方、病身で余命わずかのペンも父親が姿を消し、借金取りに追われる母親とともに暮らしている。

社会の底辺で、もがき苦しむそんな2人の恋を、チャン監督はみずみずしく描き出す。最も印象深いのは、チャウ、ペン、そしてロンが自殺した少女サンの墓を探して、高台にある墓地をさまようシーン。眼下に広がる香港の街を背景に、彼らのキラキラした青春の輝きが刻み付けられる。

チャウはペンのために臓器移植のドナーになり、母親から盗んだ金で彼女の手術費と家の借金を肩代わりしようとする。彼にできることは、それぐらいしかなかったのだ。さらに、チャウは彼女のために黒社会の兄貴に言われて、ずっと拒否し続けていた人殺しをついに引き受ける。

人殺しを決意したチャウが銃を手に一心不乱に踊るシーンが鮮烈だ。何かにとりつかれたように踊りまくるチャウを、スタイリッシュな映像で見せるチャン監督。様々な思いが交錯し、それをすべて振り払おうとするかのようなチャウの内面が伝わってくる。

それ以外にも、自殺した少女のイメージショットをはじめ斬新な映像がたくさん登場する作品だ。このあたり、20年前の映画とはいえ、今見てもまったく古さを感じさせない。

終盤は二転三転する展開が続き、チャウはペンへの思いを胸に破滅への道を突き進む。彼にはもう、ああいう運命をたどるしか残された道がなかったのだろう。墓地でのラストシーンが切なく、そして美しい。

最後に紹介される毛沢東の言葉。「世界は君たちのもの、そして私たちのもの。しかし最終的には君たちのものだ。君たち若者は気力旺盛で、活気にあふれている。まるで朝8時の太陽のようだ。私たちの希望を君たちに託したい」。消えていったチャウやペン、ロンを思うとき、何とも複雑に感じられる言葉である。

この映画が香港でヒットした背景には、やはり返還前という状況があるように感じられる。劇中で直接的に返還に触れる場面はほとんどない。だが、チャンとペンの姿にそれが投影されているように思える。

チャンもペンも、今の生活を脱げだしたい思いはあるのだが、現実にはどうにもできないでいる。希望を持ちたくてもなかなか持てない。行き場を失った存在だ。その揺れ動く姿には、当時の香港の置かれた不安定な状況と共通するものがあるように思えるのだ。それが香港の観客を強く惹きつけたのかもしれない。

返還前の時代の空気も反映させた鮮烈な青春映画の傑作だと思う。青春のきらめきと残酷さがクッキリと描かれている。展開などに多少荒っぽいところもあるが、それもまた作り手たちの若々しさを感じさせる。

はたして今の香港はどうなっているのだろうか。サムやペンのような若者は、今何をしているのだろうか。この映画を観て、久しぶりに香港に行ってみたくなったのである。

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◆「メイド・イン・ホンコン/香港製造」(香港製造/MADE IN HONG KONG)
(1997年 香港)(上映時間)
監督・脚本:フルーツ・チャン
出演:サム・リー、ネイキー・イム、ウェンダース・リー、エイミー・タム
*YEBISU GARDEN CINEMA、ヒューマントラストシネマ有楽町ほかにて公開中。全国順次公開予定
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