映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「ラッキー」

「ラッキー」
新宿シネマカリテにて。2018年3月26日(月)午後2時5分より鑑賞(シアター1/A-8)。

人間はいつか死ぬのである。今さら何を当たり前のことを、と思うかもしれないが、その当たり前のことになかなか実感が持てないのも事実。それは年をとっても変わらないのかもしれない。

「エイリアン」(1979年)、「パリ、テキサス」(1984年)などで知られる個性派俳優のハリー・ディーン・スタントン。2017年9月に他界した彼の最後の主演作となる「ラッキー」(LUCKY)(2017年 アメリカ)は、死を前にした老人の話だ。

主人公の90歳の男ラッキー(ハリー・ディーン・スタントン)は、ひとり暮らし。一度も結婚したことがなく、家族もいないという。毎朝、彼は目覚めるとコーヒーを飲み、タバコをふかし、ヨガのポーズをする。身支度をすると行きつけのダイナーに出かけて、店主のジョーと無駄話をかわし、クロスワード・パズルを解く。

その後、彼は帰宅途中にある場所にさしかかると「クソ女め」とつぶやく。いつもの店でタバコや牛乳を買った後は自宅に戻り、クロスワード・パズルを解きながら、テレビのクイズ番組を見る。そして夜になると、なじみのバーへ行き、カクテル(ブラッディマリー)を飲み、店主や客と会話をする。

こんなふうにルーティンの毎日を送るラッキー。ほとんど表情を変えず、見るからに偏屈で不愛想な老人なのだが、けっして孤独ではないのである。行きつけの店の人々をはじめ、町の人々は彼のことをよく知っており、気軽に話しかける。老人だからと余計な気遣いを見せることもなく、お互いに減らず口を叩き合ったりして、ごく自然に接しているのだ。その様子がとても微笑ましくて、温かな心持ちになってくる。

ところが、ある日、そのラッキーが倒れてしまう。医者はどこにも異常がなく、加齢によるものだと説明する。そのことがきっかけで、ラッキーは自らの人生の終わりを意識し始める。

そうやって死を意識し始めたラッキーだが、神など信じない現実主義者だから、神に祈ったりはしない。とりたてて何か変わったことを始めるわけでもない。ありがちなドラマなら、別れた家族や友人が突然登場して、ラッキーを癒してくれるかもしれない。だが、本作にはそんな劇的な展開はない。ラッキーは、相変わらずルーティンの毎日を送るだけなのだ。その中で、わずかに起きる変わった出来事といえば、以下のようなもの。

ラッキーの知人の男(映画監督のデヴィッド・リンチが好演)は可愛がっているリクガメに遺産相続させようとする。それを任された弁護士はラッキーに自ら死にかけた過去を話す。ダイナーのウェイトレスはラッキーを心配して家を訪ねてくる。ラッキーは子供の頃に怖かった暗闇の話をする。そして、ラッキーと同様に第二次世界大戦に従軍した元軍人の老人は、沖縄戦で自決を前にした日本人少女の話を語る。

一つ一つは地味で無関係そうなそれらのエピソードを通して、ラッキーの迷いや、それが少しずつ解きほぐされて悟りの境地に近づいていく様子が、ごく自然に描かれている。けっして派手な展開や大仰なセリフはないのだが、それでもラッキーの気持ちが手に取るように伝わってくるのである。

極めつけは、ラッキーがいつも買い物に行く店の女性から招待された、彼女の息子の誕生祝いのシーン。ラッキーは味のある歌声でメキシコの歌を披露する。そこで見せる彼の笑顔が心に染みる。

笑顔のシーンは最後にも用意される。いつものバーでいつもの偏屈さを見せた後に、最上の笑顔を披露するラッキー。それはまさに、彼がすべてをありのままに受け入れる覚悟をしたことを示しているのだろう。

この映画の監督は「ファウンダー ハンバーガー帝国のヒミツ」などの名脇役ジョン・キャロル・リンチ。初の監督作だが、スタントンに当て書きされたという脚本ともども、なかなか見事な手腕を見せてくれる。

しかし、まあ、ハリー・ディーン・スタントンの存在感ときたら。ほんのわずかな表情の変化で多くのことを物語るその演技が圧巻だ。おそらく彼自身も、これが最後の主演作であることを意識して、自身の人生も演技に投影させたのだろう。

本作では、ラッキーの過去の人生が詳細に語られるようなことはない。それでも彼が様々な喜びや悲しみを経験し、それでもラッキーと呼ばれる通りに、幸運な男であったことが伝わってくる。ヒーローでも何でもないごく平凡な老人ラッキー、そして稀代の個性派俳優スタントンを温かく見守る視点が心地よくて、しみじみとした心持ちになることができた。

自分もいずれは、ああいうふうに死んで行けたなら幸せなのではないか。な~んてことまで考えてしまいそうな映画だが、まあオレの場合、結局は最後までジタバタするんだろうな。きっと。

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◆「ラッキー」(LUCKY)
(2017年 アメリカ)(上映時間1時間28分)
監督:ジョン・キャロル・リンチ
出演:ハリー・ディーン・スタントンデヴィッド・リンチロン・リヴィングストンエド・ベグリー・Jr、トム・スケリット、ジェームズ・ダーレン、バリー・シャバカ・ヘンリー、ベス・グラント、イヴォンヌ・ハフ・リー、ヒューゴ・アームストロング
*新宿シネマカリテほかにて公開中。全国順次公開予定
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