映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

ナチュラルウーマン

ナチュラルウーマン
シネスイッチ銀座にて。2018年4月18日(水)午後7時10分より鑑賞(シネスイッチ2/E-9)。

面白そうな映画でも、たまたまタイミングが合わなかったりして見逃してしまうことがある。そうした映画を個人的に「ご縁がなかったのね映画」と呼んでいる。今年のアカデミー外国語映画賞を受賞した「ナチュラルウーマン」(UNA MUJER FANTASTICA)(2017年 チリ・ドイツ・スペイン・アメリカ)も、そのリストに入りかけたのだが、公開終了直前になってようやく鑑賞できた。

「グロリアの青春」で知られるセバスティアン・レリオ監督が、トランスジェンダーの歌手ダニエラ・ヴェガをヒロインに迎えて描いた作品。トランスジェンダーに対する様々な差別や偏見が描かれるが、そうしたものと正面から闘う映画ではない。

オープニングに映る雄大イグアスの滝の風景。そこを訪れようと計画していたのが、ウェイトレスをしながらナイトクラブで歌うマリーナ(ダニエラ・ヴェガ)と、年の離れた恋人オルランド(フランシスコ・レジェス)のカップル。

ちょうどマリーナの誕生日で、オルランドは食事とダンスでお祝いをする。まさに幸せの絶頂だ。だが、まもなくオルランドは自宅で倒れ、病院に連れて行ったものの、そこで亡くなってしまう。

オルランドはマリーナが原因で前妻と離婚していた。そうした場合、遺産相続などでもめるのはよくあるトラブル。だが、マリーナに降りかかってくるトラブルは、それとは次元の違うものだった。それというのもマリーナはトランスジェンダーだったからだ。

オルランドは死の直前に階段から転落して傷があった。そのため、警察は2人の間に何かあったのではないかと考え、マリーナにあらぬ疑いをかける。表面的には女性警察官が「私はあなたの味方」などというのだが、実際はトランスジェンダーに対する偏見が見え見えだ。

一方、家族との間でもトラブルが起きる。マリーナはオルランドと暮らしていた部屋からすぐに出て行くように告げられ、葬儀への参列も拒否されてしまう。

マリーナとオルランドの元妻との対面が印象的だ。元妻はあくまでも「夫を別の女に奪われた存在」であり、トランスジェンダーに対する偏見などないように振る舞う。だが、それでも彼女の言動の端々からマリーナをさげすみ、差別していることがうかがえる。

さらにオルランドの息子に至っては差別を隠そうともしない。マリーナを気持ち悪がり、ついには彼女を車で拉致して脅迫したりするのだ。

もちろん少数ながら理解のある人物もいる。オルランドの弟は、マリーナに優しく接し、家族との間を取り持とうとする。だが、結局はうまくいかずにマリーナに謝罪する。

過酷な仕打ちを受けたマリーナは、憤り、悲しみ、苦しみ、絶望する。そうした彼女の心理をセバスティアン・レリオ監督は繊細に表現する。セリフ以外の彼女の表情や行動で、それを描写していくところが印象深い。

南米の映画にはよく見られるが、現実と非現実が併存しているのもこの映画の特徴だ。様々なトラブルに遭い、逆境を強いられたマリーナの状況を表現するのに、現実にはあり得ないような暴風を彼女に浴びせるシーンは、その代表例だろう。クラブで演じられる幻想的なミュージカル・シーンなどもある。

何よりも面白いのは、死んだはずのオルランドが何度も彼女の前に登場するところ。まるでゴースト映画のような場面だ。終盤では、その死者に導かれてマリーナが奇跡の再会を果たす。

サスペンス的な要素もある。冒頭近くでオルランドがサウナで過ごす場面が登場する。そこのロッカーをめぐって、「何か」が存在するのではないかという謎が、ドラマが進むにつれて膨らむ。マリーナがトランスジェンダーの特徴を生かして、その謎を追求するシーンはなかなかスリリング。そして、その意外な結末もユニークである。

この映画は闘う映画ではないといったが、それでもマリーナが差別や偏見に対して敢然と立ち向かう場面は登場する。しかし、それは社会を変えようというような大げさなものではない。彼女は周囲から「お前は何者だ?」と問われ、自分自身も「私は何者なの?」と答えに困っている。マリーナが鏡を見る場面が何度か登場する。それはまさに、自分が何者かを探し求める彼女の姿勢の表れだろう。

それが、オルランドの死によって生じた様々なトラブルを通して、次第に明確な結論へと到達していく。「私は人間」であり、何よりも「私自身なのだ」と。つまり、このドラマはマリーナのアイデンティティ獲得のドラマなのである。

それを象徴するように、マリーナはラストで神々しいまでの歌声を披露する。ヘンデルのアリアだ。その歌声から、すべての迷いを吹っ切り、自分らしく生きることを選択したマリーナの強い意思が伝わってくるのである。

素晴らしい歌声をはじめ、主演のダニエラ・ヴェガがいなければ成立しなかった作品だ。その圧倒的な存在感が、トランスジェンダーという枠を越えて、自分の生き方に迷う多くの人々の背中を強く後押しすることだろう。

◆「ナチュラルウーマン」(UNA MUJER FANTASTICA)
(2017年 チリ・ドイツ・スペイン・アメリカ
監督:セバスティアン・レリオ
出演:ダニエラ・ヴェガ、フランシスコ・レジェス、ルイス・ニェッコ、アリン・クーペンヘイム、ニコラス・サベドラ
*新宿シネマカリテほかにて公開。全国順次公開(東京などはすでに終了)
ホームページ http://naturalwoman-movie.com/