映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「オー・ルーシー!」

オー・ルーシー!
テアトル新宿にて。2018年5月1日(火)午後2時30分より鑑賞(B-11)。

外国で長く暮らすと、日本の見え方も変わってくるのだろうか。自分では経験したことがないから、さっぱりわからないのだが。

オー・ルーシー!」(OH LUCY!)(2017年 日本・アメリカ)の平柳敦子監督は、17歳でアメリカに渡って、ニューヨーク大学大学院で映画を学んだらしい。そのせいか、この映画で描かれる日本には、どこか異邦人っぽい視線が感じられる。日本でずっと暮らしているとやり過ごしてしまうような風景が、独特の違和感とともに切り取られているのだ。

この映画の原点は短編映画にある。第67回カンヌ国際映画祭シネフォンダシオン部門(学生部門)で上映された桃井かおり主演の短編映画「Oh Lucy!」。それを平柳監督自らが長編化した。その脚本はサンダンス・インスティテュート/NHK賞という賞を受賞したため、日米合作によって映画化が実現したそうだ。

主人公は43歳の独身OLの節子(寺島しのぶ)。退屈で憂鬱な日々を送っていた彼女だが、ひょんなことからメイド喫茶で働く姪の美花(忽那汐里)に頼まれて、英会話教室に通うことになる。そこで風変わりな講師ジョン(ジョシュ・ハートネット)と出会った節子は、彼に恋心を抱くようになる。

この映画で最も印象的なのが、節子を演じる寺島しのぶの圧倒的な存在感だ。今さらだが、今回も素晴らしい演技を見せている。疲れた顔で駅で通勤電車を待ち、暗い顔で会社のデスクに座り、物にあふれた乱雑な自分の部屋で暮らす。これからの展望も夢もない節子の現状が、セリフ以外のところからリアルに伝わってくる演技である。

というと、何やらシリアスなドラマのように思うかもしれないが、そうではない。全編に笑いが満ちたコメディータッチのドラマである。

何しろ節子が足を運んだ英語教室が怪しすぎる。風俗店のようなインテリア。受付の女も謎だらけ。そして極めつけは、ジョンの指導法だ。節子は、金髪のかつらをかぶらされて、「ルーシー」と名付けられる。にこやかな表情をつくるために、口にピンポン玉のようなものを突っ込まれる。そうした摩訶不思議なシーンが笑いを誘っていく。

それと同時に、節子がジョンに恋心を抱くところが説得力を持って描かれる。ここでも寺島しのぶの演技が際立っている。特にハグ魔だというジョンにハグされた時の恍惚の表情ときたら、それだけで彼女の凍りついた心が急速に溶けていくのがわかる。

ただし、この映画は、節子の変化だけを描くわけではない。映画の冒頭は、マスク姿の節子が疲れた顔で駅で通勤電車を待つシーン。そこで彼女は飛び込み自殺を間近で目撃してしまう。何やら不穏なスタートだ。それに象徴されるように、いろいろと複雑な要素が盛り込まれたドラマなのである。

ジョンを好きになってウキウキになった節子。しかし、すぐに驚愕の事実が発覚する。なんとジョンは、美花と一緒にアメリカへ帰ってしまったのだ。そう。ジョンと美花はデキていたのである。

それを知った節子がヤサグレるシーンも面白い。ちょうど会社の先輩が退職することになり(体よく追い出されたようなものだ)、送別会が行われるのだが、そこで彼女は先輩を思いっきりディスる(その後謝罪はするのだが)。それはジョンがいなくなったショックと同時に、自分もまもなくこの先輩のように、ポイと会社から捨てられるという苛立ちも含んだ言動なのだろう。

それでもジョンが忘れられない節子は、唐突に彼と美花を追ってアメリカに渡ろうとする。おまけに、そこには節子の姉である美花の母・綾子(南果歩)までもが、ついてくることになる。

実は、この2人、かなり険悪な関係だ。それというのも、かつて綾子は節子の彼氏を奪って結婚し、今は離婚しているらしいのだ。となれば、当然、2人の旅はすったもんだの面倒臭い旅になる。そこに笑いが生まれるのと同時に、複雑な人間模様も見えてくる。

綾子を演じるのは南果歩。こちらも今さらだがさすがの演技である。強気で節子とやり合う反面、彼女や娘に対する複雑な思いが垣間見える。寺島しのぶ南果歩のバトルだけでも十分に観応えのある映画だ。

アメリカに着いた2人はジョンに会いに行くが、すでに彼は美花と別れていた。そこで、3人はレンタカーを借りて美花がいるらしい場所へと向かう。

そのあたりからは、ジョンと美花の恋愛模様、そして節子と綾子の屈折した姉妹関係が中心的に描かれる。もちろん笑いもタップリ詰め込まれている。

それにしても、節子の暴走ぶりがすごい、最初はジョンと距離を置いているのだが、途中からブレーキの壊れた車のように突き進む。「あれじゃあ、ジョンも引くよなぁ」と思うのだが、それもまた人間らしさを感じさせるので、けっして彼女を嫌いにはなれない。これもまた寺島しのぶの演技のなせる業だろう。

終盤、美花が現れてからの展開には驚かされた。冒頭から何度か死の匂いが漂う映画だが、それもああした展開の伏線だったのだろうか。いずれにしても節子の暴走が人を傷つけてしまうのである。

まもなく日本に帰った節子には、さらなる不幸が襲う。しかし、そこである人物が登場して……。というわけで、ラストにはそこはかとない希望が感じられる。

そのある人物を演じたのは役所広司。これまたさすがの演技で、節子を温かく受け止める。この余韻は役所広司でなければ出せなかったのではないか。つくづく名優たちの良さを余すところなく引き出した映画だと思う。

ところで、ジョン役のジョシュ・ハートネットは、「パール・ハーバー」「ブラックホーク・ダウン」などハリウッドの王道バリバリで活躍した役者。最近見ないなぁ、と思ったら、こんなところにおったんかい! ついでに美花役の忽那汐里は、相変わらずコケティッシュな魅力全開でたまりません。

正直なところ、唐突だったり、十分に描ききれていないところもあるように思える作品だが、それでも平柳監督の才能はしっかりと感じ取れた。

考えてみたらこの映画に登場するのは、節子をはじめみんな心に傷を抱えたり、疲れた人生を送っている人々。そうした人たちを包む温かな監督の視線が、何よりも印象深い作品である。今後の平柳監督の作品にも要注目だ。

f:id:cinemaking:20180503111904j:plain

◆「オー・ルーシー!」(OH LUCY!
(2017年 日本・アメリカ)(上映時間1時間35分)
監督:平柳敦子
出演:寺島しのぶ南果歩忽那汐里役所広司ジョシュ・ハートネット
テアトル新宿ほかにて公開中
ホームページ http://oh-lucy.com/